夏を弔うための三重奏
佐野権太

一、蝉しぐれ

白い病の影がおりて
夏の命、際立つ


すり硝子の花瓶に
溢れていたはずの笑顔
シーツに残された
僅かな起伏は
生きていた
あなたの

散らばった
レモン色の、花びら
握りこんだ、手のひら
柔らかく潰れてゆく
遥かな痛み

いくつもの小さな叫びが
窓辺に集まり
増幅されてゆく


堅くしがみついた
抜け殻の
背中から破れた
蝉、しぐれ




二、蛍

湿った夏草の細い弧が
宵やみに溶けてゆく
曲線がいつも切ないのは
消えゆくあとさきが
危ういからでしょうか

青や透明のビーズを紡いで
お守りだ、といって
無防備な私を貫いた
あの夏が
あらわれては
ゆん、と
流れて
風に消える

約束どおり
ここへ来ました
いま
左肘に触れたのは
あなたでしょうか

対岸の樹々の根株を
水面が巡り
すべての藍が
調和を深めるころ
ほら
こんなにも集まって
宇宙

もう
境目がわからない

ありがとう
ほんとうに綺麗だ



三、線香花火

赤く膨らんだ
流線に沿って
ちりちりと
這いあがる
いのち

やがて
惜しげもなく散らす
花々の
ほとばしる
ちから

優しさを流しながら
ふるえる珠
の重さを
指先に残した
夏の余韻

しずかな
御守りに触れると
墨色の気配が
肩甲骨に抱きついて
みぃと啼いた


自由詩 夏を弔うための三重奏 Copyright 佐野権太 2007-07-19 17:01:06縦
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