創書日和「星」
虹村 凌

ゴール線上の彼女は
くるくると回って
派手な音を立てて無様に転ぶ
すぐに起き上がろうとしない彼女を見て
手を差し伸べるけれど
その手を素直に受け入れない彼女は
ゴール線上の

十歩進んでは転んで
十歩進んでは転んで
その度に混乱して
腕を切ろうとしたり
誰かを傷つけて怒らせて泣かせて
暴力の裏返った服従と幸福を欲しがる
そんな危ういバランスの上に立つ彼女は
ゴール線上の

彼女は上手にボールを避けながら
それでも転びながら
少しだけ前に進む
彼女は上手にボールを避けながら
ボールに付いた泥をかぶって
派手に転ぶ

「ねぇ 今までで一番好きな星の話をして」
真っ黒に塗れて光る髪の毛をそのままに
ゴール線上で転んだまま寝物語をせがむ
下手糞な寝物語にいちいち突っ込みながら
少しずつ物語を進めていく

彼女はうとうとしながら
それでも聞き耳を立てている
眠りそうになりながら
それでも気になれば必ず聞く
話は少しずつ逸れて行って
一番星の話は何時しか
幾千億年遠くから来た昔の光や
その色
温度
その星と他の星の間の距離
そんな話になって
ついに彼女は鬱々としてしまった
ゴール線上で俯きながら
もう歩きたくないと言う彼女を
数多の白々しいとも思える言葉で包んで
ゴール線上の彼女を

サングラスの内側に涙がたまって
星が滲んで幾重にも見える

ゴール線上で俯く彼女は
生きるのが苦しくて辛くて
果たせない約束が辛くて重たくて
足を引きずりながら
自分のゴールネットに身を預ける勇気と機会を窺っている

サングラスの内側に涙がたまって
星が滲んで降ってくるように見える
外は春の雨が止んで
僕は部屋で一人ぼっち
夏を告げる雨は止んで
扇風機はずっと部屋を撫でている

僕は彼女めがけてボールを蹴る事が出来ずに
彼女はそれを眺めながら
ゴール線上でするりと眠りに落ちた


自由詩 創書日和「星」 Copyright 虹村 凌 2007-07-16 03:29:02
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