いなくなった子供らの話
吉田ぐんじょう



その女の子は
押し入れを
殊の外おそれていたそうです

戸を開けるときの音が
怪物の唸り声に聞こえると
そう言って
決して自分からは
押し入れに近付こうともしませんでした

ところがある日
女の子はある些細な悪戯をしたが為
戒めとして
押し入れにほうり込まれてしまいました
嫌だ嫌だ
と泣く声は
まるで豪雨のように
そこいら中に響いていましたが

しばらく経ってから
押し入れの戸が開けられると
女の子はいなくなっていたそうです

折り重なる布団のその奥の闇からは
まだ笑い声のような風がかすかに吹いていて
それどころか
なにかわからない生き物の
大きな眼さえ
丸く黄色くぴかぴかと
明滅しているように見えたそうです



少年は穴を掘るのが好きでした
納屋にしまわれていた
錆び付いた平たいシャベルで
すくっすくっ
と柔らかな土を掘るのが好きでした

夏休みに入ってからも
少年は
虫取りや海水浴には行かず
汗まみれになって
相変わらず
すくっすくっ
とやっておりました

十日もすると
穴は黒々と立派に
深く深く地中に沈んで
光の届かない深海のようです

少年は満足げに穴の淵に立ち
それから一度振り返ると
誰かに手を振りました

それから
ひゅっ
と前触れもなく
穴に飛び込んで

それきり帰りませんでした

それからしばらくして
穴は自然に塞がって

いま
その穴のあった辺りには
小さな夕顔が
笑うみたいに
ぽかっ
と咲いて
夕暮れを背にして揺れている
ということです



水泳の時間のあとに
担任の先生が点呼をとると
一人足りなくなっていました

小さな烏のように
しょぼしょぼと濡れそぼった子供らは
ぱちくりと辺りを見回しましたが
いなくなったのが誰で
どういう顔をしていたのか
不思議なことに
誰も思い出せませんでした

担任の先生も同様でした

皆はぽたぽたと濡れたまま
教室に戻りました

全員が席につくと
やはりぽっかり空いた机が出来ましたが
そこに座っていた子のことは
やはりどうしても思い出せません

やがてニ学期が始まり
空いた机は倉庫に運ばれました

クラスは一人欠けていても
滞りなく動きました

皆は一人の為に
一人は皆の為に
なんて姿勢のクラスではなかったのです

そして三学期の始まった
ある雪の降る朝のことでした

水泳の時間にいなくなった子供が
出し抜けに戻って
自分の席のあったところに
しょんぼり立ち尽くしていました

海水パンツのままで
まだカルキのにおいをさせて

だけどその頃には
それがあの時いなくなった子供だとは
誰ひとり気付きませんでした

誰だ誰だ
というざわめきの中で

その子もどうやら
自分が誰だか解らなくなったらしく
ずいぶん長い間
首を傾げて
変な顔をしていました


自由詩 いなくなった子供らの話 Copyright 吉田ぐんじょう 2007-07-13 19:16:48
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