自己を愛するための
佐々宝砂

家にある薬箱のなかの服用薬を全部飲んでしまったことがある。19のときだ。頭痛薬からキャベジンから風邪薬から、とにかく服用薬は全部飲んだが、水虫の薬など外用薬は飲まなかった。死にたくはなかったのだと、思う。で、どうなったかというと、まず目の前が黄色くなった(真剣に黄色くなった)。ついでとめどもなく吐き気が襲ってきた。あまりみっともないことはしたくなかったのでバケツをどうにかこうにか持ってきて、そのなかにげろげろ吐いた。吐いてるうちに母が起きてきた(夜中だったのである)。たまげた母は、私に塩を溶かしたぬるま湯をどんぶりいっぱい飲ませた。さらにすっぱいものがこみあげ、どろどろ吐いた。さらに飲まされた。どのくらい飲まされどのくらい吐いたかわからないが、大型バケツいっぱい吐いたところで私は疲れて寝てしまった。翌日は身体中が痒くなり、顔もおなかも真っ赤っかになり、一日かゆみにのたうちまわった。

聞くところでは、薬物中毒のとき行われる胃洗浄という処置はものすごく苦しく、それこそ「死んだ方がいい」とか「こんなに苦しくてなぜ死ねないんだ」と思うほどのものらしい。私は母の応急処置で生き延びたのだから、まあありがたいと思うべきなのだろう。充分苦しかったし、また、みっともなかったとも思うけれども。こうした、二十歳前後の私がしでかしたいろいろの大バカについて、全部書こうとは思わない。どだい、珍しいものであるとも思わない。読者に伝染して「おまえのせいでこんなになった」と言われても困る。私が過去のこんな自殺未遂(まがい)のことを書いているのは、「てめーだけがつらいわけではないんだぜ、バカども」と言う必要性を感じているからだ。


鬱というものは非常につらい。絶対治らないと信じ込む。何喰っても味がしない。しかも私は摂食障害でもあったので、食べ物の味がしないくせにやたら食べまくり、パン一斤にまんじゅう十個にごはん五合にアイス五個くらい一挙に喰ったりした。それから毎度吐く。まともに噛んでないから下痢するし、吐いたあと歯も磨かないで疲れて寝てしまうから歯がおんぼろになる。電車に乗るとどわーと涙が出てくる。スーパーに買い物に行くと、そこにいてはいけないような気がしてしゃがみこんだまま動けなくなる。もちろん仕事なんかできない。人前にでると過呼吸が起きて心臓がばくばくし、今にも死ぬんでないかと思う。死にたいわけではないが、死ぬべきだと思う。……というような症状に心当たりがあるなら、医者にいくべきだ。今すぐ神経科に予約せい。すぐに治るものではないけれど、いつかは治る。鬱病は予後良好な精神の病なのだ。鬱病は治る、と思える程度に、私は治癒した、してきたとは思う。

鬱がもっともひどかったころ、「居場所がない」と考えるのが常だった。自分はいるべきでない人間だと思うことも常だった。いろいろな本を読んで考えた。答などでるわけがないことについて考えた。いまもって結論なんか当然でていないが、ひとつわかったことがある。自分を多少なりとも好きになれないようじゃ、人間、生き延びることすら難しいのだ。せめては、自分の存在くらいは自分で認めてやれるようにならなくちゃ、生きてゆくのはたいへんなのだ。自分で自分を認められないと、他人に認めてもらいたがり、場合によっては「自己愛的誇大妄想」というやつになったりするし、あるいは私のようにある一人の人間(ジム・モリソンでした)を熱烈崇拝し、熱烈崇拝する自分を認めることによって紆余曲折の果てにどうにか自分の存在価値を見いだせるようになったりする。北大路魯山人や岸田劉生みたいなトンデモナルシストになる必要は全くないと思うけれど、ある程度の自己愛は必要だ、生きるために必要だ。

まず、生きること。居場所がないなんて思えたら、居場所を作れ。今の時代なら自分で作れるぞ、少なくとも、ウエブの上になら自分の王国を作れる。でも、常に自覚していなくちゃだめだ、自分は万能ではないということ、自分は間違えるということを。そうして、わすれないでいてほしい。万能でなくても、ビンボーでも無職でも自殺未遂経験者でもひきこもりでも間違いまくりの人生でも、それでも、誰にでも生きる権利はあるのだし、自分を愛する権利もあるし、誰にでも居場所は必ずあるのだということを。

こういうのは、詩以前の問題だと思う。でも、詩以前の問題が世の中にはたくさんありすぎる。詩では伝わらないこともある。だからあえて、散文で書いた。私は相田みつをにゃなりたくないのだ。


散文(批評随筆小説等) 自己を愛するための Copyright 佐々宝砂 2004-05-18 20:34:24
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