生きる。
ワタナベ

生きるということが腹の底に岩としてずしりといて
もう随分になります
その間にも
あやふやな記憶をたぐりよせ
ようやく原色で彩られた暑い夏へたどりついたころに季節は秋めいて
高い空に母娘の晴れやかな笑顔を見たと思ったら
それは灰色の風に凍ってゆっくりと落下していきました
あいかわらず岩は岩としてゆらぎもしません
安易に死を望むこともありますが
私は臆病な人間ですので
痛く苦しいことを想像すると身の竦む思いで
ただただ老衰で穏やかに死んでいく様を夢想するばかりです
くしゃみを2度しました
目の前を銀色の背びれの魚がちかりとして泳いでゆきます
まとわりつくような海水の中です

ペンを置くと、嘘のように穏やかな気持ちになっている自分に気づい
た。しかし今まで薬の効いたためしはなかったし、それは朝の静謐な
空気がもたらしたものであったかもしれない、願わくば、書くという
行為によって苦しみが体の外に放り出されたのだと考えたかった、
それならばこれからだってなんとかやっていける。深い渓谷の底に
陽光が差し込む様を思い浮かべた、細い小川がきらめいている。
また、狭い川原のところどころに咲く白い花のことを思った。
どこからか吹く風に揺られて、触れると高い澄んだ音色がした。
目の前を銀色の背びれの魚が泳いでゆく、
でも私の体にまとわりついていた海水はどこかへいってしまい、
そのかわりにやわらかな風を感じた。
岩は依然として腹の底にあったけれど、不思議と重みを感じる
ことは無かった。
耳の奥で澄んだ音色がした
一時だけ糸はほぐれておもいおもいの風にふかれていた


自由詩 生きる。 Copyright ワタナベ 2007-07-09 09:53:44
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