一
寝息をたてている。
親父も最近、まるなったな。
福岡に住んでるとき、
一晩かけて車で京都に帰ってきて
舟岡山で大文字をみるのが毎年夏休みの楽しみでさ、
兄弟三人合わせたら、紫野の家で何回寝小便垂れたやろ?
あの頃、井上のおじいちゃんにネダって買ってもらった
『釣りキチ三平』の単行本、どこいったやろ?
そんなことを考えてると
親父が起きてきた。
夕べも日本酒を呑みすぎたし調子がわるい、とぼやきながら
台所の換気扇の下で、ラークにコンロで火をつける。
ホンマは残念やけど、三月に目出度く派遣先企業に引き抜かれて
退職した、母子家庭で育ったS君が父の日に合わせて
「お世話になりました」といって挨拶に来た際、
手土産に持ってきた特製ゴールド賀茂鶴やろな。
部屋中が酒臭いで。
マジで臭いで。
親父、
いや、お父さん。
お父さん、
お父さん。
もうちょい身体労わりや。
その歳なって食生活くらいわがままになって
好きにしたいのもわかるけど、みんな心配しとるよ。
孫の言う事も聞かんのやから。
そやけどホンマ、色々あったな。
今でこそ笑い話やけど、
色々在り過ぎて
何や、あんま思い出せへん。
二
お母さん、
そろそろ許したげたら?
恨むのもわかるけど、
あれから二十年近く経ってるんやし、
もう十分恨んだんちゃうか。
そんなに根に持ち続けてたら、ちょっとした輩やで。
そろそろ感謝してあげてもエエんちゃう?
天邪鬼な人やけど。
お母さんがおらんかったら俺、もっと駄目やった。
子供には無償の愛で、ホンマに愛されてるって思う。
そやけど、お父さんも愛したげてーや。
そしたらもっとお母さんのこと、
好きになると思う。
それと、話変わるけど
もうそろそろパソコン触りだして五年くらいになるのに
「ダブルクリップしても写真が見れへんねん、おかしいわぁ」って。
ズッコケかけました。
それ、ダブルクリックの間違いです。
三
「記憶を黒と白に塗り分けたら
案外、いらんもんは捨てやすい。」
ほら、みつるが言うとったやろ。
このままやったらお父さんを殺してしまいそうや、
って思ったとき、最後の理性を振り絞って
自分で警察に電話したって。
多かれ少なかれ、あの頃は家族の誰もが
お父さんを殺したい、って思ってたと思うよ。
それくらい、家族がむちゃくちゃやった。
天邪鬼で、不器用なお父さんの愛情に
誰も気がつかへんかったから。
実際は、お父さんもひっくるめて
みんな自分のことで精一杯やったんやろね。
アホみたいな話やけど『アンチ・オイディプス』って
言葉がぼくの、最後の呪文やった。
お父さん、
こんな息子でごめんな。
お父さん、
最近、ようやく親父の気持ちが
わかるようになってきたで。
お父さん、
また昔みたいに
いっしょに夜を、釣りに行こう。
※北大路京介氏の『父の日』を読んで
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=122759&from=menu_d.php%3Fstart%3D600