山羊と桟橋
肉食のすずめ

これは

その日もまた風の吹く日で
風の吹く日の桟橋は弾んだ
黒い深い雲は西へと進み
それでいて天上から尽きる事はなかった
赤銅色の鉄板が跳ね上がる
同色の鎖は少しも流れていかないように
桟橋を町に繋いでいる
跳ね上がる鉄板の上
白毛の奥で眼を光らせた
顔も体も山羊状の男は歩いて
仕事をしていた
暖かい湿気に肩の力を抜いて
鎖の破損具合を調べていた
近くで雷が鳴ると
山羊男の背中は逆立った
遠くで雷が鳴ると
山羊男の背中は膨んだ
山の山羊が雷に怯える
そのようなときに山羊男の背中は笑った
昔の話の全て

来年から
雲は全て遠景になるらしいな
と告げた友人の気象予報士と
話をする事はもう友人でなくなったのでなくなった
小刻みに緩やかに
東から澄んだ波が寄せて広がって
雷雲は稀になって散って
送られてしまうのだろうな
男は鼻を口で結んで息を止めた
ただもはや
時間の問題だ
お前が何も言わなくたって
俺の声は結び目を開くのだろうな
しかしそれにもやはり
時間が必要だ
だろうな

昨日の船が最後だった
それに乗ることもできたけれど
乗らなかった今となっては
今後乗ることはないだろう
だからもう泳ぎ切るしかないのだろう
泳ぎ切ることもあるいはできるだろう
そして泳ぐことはきっと
しないだろう

強引だったから
頑固だったから
終わってしまいそうだった
あまりにも
とりつかれていた
かったから

今朝も
男は太陽より先に桟橋に向かって
鎖を調べる
これから晴れ渡る三十年間の
昨日と今日との
わずかな距離を繋いでいく現実が
沖へ流れていかないように
意味を越えて
続いていくように


自由詩 山羊と桟橋 Copyright 肉食のすずめ 2007-06-19 15:59:29
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