東京無音日記
はらだまさる


東京、ぼくの見た東京
髪や服に滲みついた煙草と、酒と青春と


01/06/2007
イヤフォンは四六時中、質問を繰り返す
だから答えばかり眺めている
きみのいないところで
間違いようのない夜が京都駅八条口には溢れていて
十年前も、きっと同じ夜を舌で味わう
首筋や背中は少し汗ばんで
地面にしゃがみ込んで見上げる世界は
はじめて舐めた女の肌の温度でゆれていて
きみのいないところで
安物の赤いビニールのジャンパーや湿気た座席の黴の匂い、
テールランプの赤と、対向車のヘッドライトの
人々の夜と、窓のカーテンを突き刺す音だけを聴いて
インド綿の布を身体に巻きつけて
あたたかくて、眠れない

聴こえるかい
ぼくが近づいていく音が


少しグリーンがかった黒い湖から吹き上げる譜面のない交響曲の、
そんな、間違いようのない夜だ
一億五千万キロメートル離れた太陽から
雲を突き破って環状線の西側に
約八分二十秒遅れでひかりが咲くんだって

ぼくはそれを摘みに行く
時速七十五キロメートル、ハーヴェスト・ライナーで
何の問題もない


ぼくは元気です


02/06/2007
清澄白河の朝はしずかで、
ブチの野良猫が笑っている
東京で一番最初の挨拶はエレヴェーターの中だった
英語訛りの日本語で「オハヨーゴザイマス」
なんか気持ちが良い
きみはまだ眠ってるのかな

約半年振りに会ったKは、以前に増して元気で
朝から風呂掃除していたみたいで
ぼくはKの話半分で、軽くヨガをして仮眠をとらせてもらったら寝坊した
荷物をまとめて寝起き三分で部屋を出た
最寄の駅までダッシュ、
乗り換えの上野でまたダッシュ、
三十余年、酸化しまくって黄ばんだぼくらの筋肉は重くて
青空が、ひどく遠くに感じたから笑った
小山を経由して下館から真岡鐵道で(残念ながらSLには乗れず)
途中下車して喰った「みんみん」の焼餃子と水餃子と、ビールが
疲れきった細胞を麻痺させる
きみのいないところで


音楽を奏でる土と、錆びた鉄の絵がやさしくて
地球が少し、震えたんだ
鉄と陶器と、ほんとうにやさしい人々の笑顔と
グリーンが、いつまでも輝いている


夕陽に照らされた益子は
この惑星の自転よりも回転が少し遅い
土壁のカフェでぼくはハニーレモンのペリエを頼んだ
コップの内側で夏の音がする


聴こえるかい

   *

湖都が丘から梅ヶ丘まで、
自転に逆らいながら、えらく遠回りして頭が痛い
血の色をした演劇を観たんだ
在日コリアンの、映画監督のはなし
満員御礼ですごく小さな舞台だったけれど
個人的にはすごく良かったよ
欲を言えば、もっと日本と韓国のことが知りたかったし
大きな声で笑いたかったけれど
二十年という時間を巧く飛び越える役者の演技も
小さなハコならではの表情や呼吸まではっきり感じ取れる
舞台らしくないリアルな感じも
演劇に対する真摯な姿勢も、その眼差しも、涙も
不老不死の魔法をかけられた
二十年前のままで


そう、あれから二十年、十一歳で福岡を離れて
関西弁の中で十二歳のぼくは、うじうじしてよく泣いていた
その二十年後の東京でぼくは頭痛で
きみに電話するのも忘れるくらい
いつもきみのいないところで


   *

時間の魔法がかかったまんま
下北沢の薬局で、ようやく頭痛薬を買って飲んだ
何とか云う名前の居酒屋で
ぼくは真っ白な顔で、記憶と記憶をことばでコラージュして
冷たい枝豆と、冷たいビールをちょびちょびやるだけで
うなぎやうなぎパイの話を牛やキリンや駱駝のように反芻して
インドの山奥やカルカッタや赤痢のことを
冴えない頭で必死に

そのうち、時間と元気を取り戻して
みんなの顔と笑い声を
芋焼酎のお湯割りに浮かべて
笑っていた


03/06/2007
白い煙突、
名前のわからない川
風と生きているんだね
九百CCのバイクで走る
ぼくの知らなかった表情で
ぼくの聴いたことのない声で
町はすごく楽しそうに語りかけてくる
ことばが黒なら、伝えようとしてるのは白で
ことばは不便で、ことばがないほど雄弁で
いつからだろう、ぼくらは感謝する死体なんだ
黙ったまんま世界の心臓を弄んで脈打つ風を舌で聴いている

ぼくはウォーホルのFactoryからインスピレーションを得た
muraという文化を真面目に考えてる、って話をして
大地から生えてくるような、そんなアートが
もっと必要になるんぢゃないかって
マジなんだよ、

今からちょうど五十年前、
一九五七年に二十五歳のルイ・マルが撮った映画『死刑台のエレヴェーター』で
三十歳くらいのマイルスがうたってるんだよ
まだまだ俺らにも出来ることがある
また会おうね


   *

最近、映像の仕事は忙しそうやけど、
映画撮れてへんみたいやね
結局『大日本人』は満員で観れなくて『スパイダーマン3』になったけど
俺は内容より、映画館に足を運ぶ人の多さに驚いたよ

Iちん、カタカナ表記してるのに
漢字の「仏」みたいで何かエエよな
ぼくが福岡から二十年前に転校してきて
小中高大まで、ずっとそんなに仲良かった訳やないけど
まさかこんなにベクトルが似てるなんて考えたこともなかった
Iちんの活躍にはいつも勇気付けられるてるよ
名曲喫茶ライオン、俺らうるさくて注意されて追い出されたけど
ちょっとゲイジュツ家っぽくておもろかった
Uさんも元気そうで良かった、でナイス選択
刑務所内の精神病棟って設定の店、
ミニスカナースとか受けた笑

来月の連休は、マジで山に登りに行こう


04/06/2007
やっぱり夜は、夜のままで
東京から京都へ、京都からきみのもとへ
隣に来るはずの人が来なくて、座席が広々としてラッキーだったけれど
それでも眠れなかったよ、世界はいつも残酷なほどしずかで
約八分二十秒前のひかりは音もたてずに
何時間も前にすっかり枯れて
二日前のきみは今頃、
夢の中だろう

きみの匂いを嗅ぎたい
ぼくは時間から不自由で今日も仕事だ


聴こえるかい
ぼくが近づいていく音が


あと数分で
きみの声が聴こえる場所へ















自由詩 東京無音日記 Copyright はらだまさる 2007-06-08 23:56:23
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