五月の街
前田ふむふむ

木曜日の朝の雫が絶叫をあげている。
尖った街頭の佇まい。
通勤の熱気をはおったDNAのひかる螺旋の群は、
わたしの散漫な視覚のなかに、
同じ足音、同じ顔を描いていく。

振子のようなまなざしは、止まらない。

やはり、わたしは、携帯電話を開いて、
長方形のひかりの窓に、全身を浸して、
 夢想してしまう。

閃光に晒されて、
ひとり、寡黙に停泊するヨットにだけ、
海鳥が、白い羽を仕舞っている。
わたしは、仄かに潮の香る心象をかぶり、
群青にとけてみる。
ひかりにゆれる海の、吹き寄せる風にからまれた、
透明な巻貝のなかにひろがる、海を歩く。
波のさざめきを分かって、
あなたの声が、
はじめて、平野を映す窓のほうを見つめる。
一面、草を広々とならした固い堆積には、
失われた廃墟から、はがれた家族の集合写真が風に舞う。・・・・

わたしは、イスが丁寧にならんでいる、
カフェの思索を切断した。
鳥も飛べないテーブル。
すべてが周到に整えられている静物たちは、
鋏をいれる傷口をもたない。
やがて、笑い出した汚れを、投げつけられて、
静かな充足が、枯れているみずおとの、
空白で充たされるまで、
わたしは、花を愛でる窓をもたないだろう。

携帯電話を持つ手が震えて。

・・・・・・

わたしは、もう十分に飽きている。
昆虫の眼で、直線の衣装で着飾った庭園のみずを、
頬張りながら、
そんな円の切れ端で、
何度もモノクロームの街を旅している。
   
わたしの鼓動する空は、
鮮やかな花たちの夏を、見ていないのだ。
自由に高度を束ねている鳥も、
わたしの後塵を編みこんでいるのだろうか。

あなたは、赤いシンメトリーの花が美しいと、
微笑んでいるが、
わたしには、どこにも見えない。

地平線のなくなる場所で、
わたしは、夕立のなかを歩く自画像に、
傘をかけている。
二人で、
みずたまりの窓で、
眩しく稜線を引き分けた山の、
もえる木霊のなかに滲む、寡黙な山を
見つめていよう。
やがて、立ち上がる、地平線、
夕焼けの声。

わたしは、泣かないでおこう。

そして、かきあげる髪を削ぐ、
この疑いぶかいナイフを、
  あなたの軟らかい恥丘に埋めよう。

・ ・・・・

木曜日の朝が、
暗く、はじまりと終わりを捲っている。
間断に距離をおいて、
古い異なる看板を貼りだした時計塔の列が、
霞んで、消えては、浮んでいる。
濃霧が視線を硬く止めている。
その眠った眼のなかには、
滔々と、碧い街の地図が流れている。
あなたの横たわる、
萌える草木の海に抱かれて。

「孤独な携帯電話」が、槍のように鳴った。
街は動いている。



自由詩 五月の街 Copyright 前田ふむふむ 2007-05-26 23:26:30
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