プラネタリウム・アワー
嘉野千尋


   黒縁の眼鏡をかけた教授の講義が一段落すると
   スクリーン上に映し出されたままの
   夏の星座がゆっくりと回転し始める


   古びた校舎の窓側を覆う暗幕は
   その歳月にふさわしく
   至る所に虫食いの穴が散っていて
   その小さな穴を通して
   七月の日差しが細く差し込んでいる
   その様子がまるで
   スクリーンに映された夜空の続きみたいだと
   薄闇の中で微笑みながら君は言っていた


   ――あれは北の空
     南へ向かって飛んでいく白鳥には
     デネブとアルビレオ
     夏の夜空よ
     隣に見えるのがペガサス


   講義は退屈だった
   眠たげな教授の、眠気を誘う声
   僕はこんなにたくさんの星を知らない
   星が降るような夜空を、見たことがない
   暗闇に響く学生たちのざわめき
   その中で少しかすれた君の声だけを
   僕はずっと追いかけた


   いつだったか
   南半球の夜空を映したスクリーンに
   君が向けていた憧れの眼差し
   南十字星をいつか観に行くのだと
   そう言っていた君


   君は最後まで気付かなかった
   あの夜空を見つめていた君と
   同じ眼差しで君を見ていた僕のことを

   
   ――あそこで光っているのがリゲル
     オリオン座だよ
     わかる?
     その向こうがベテルギウスで 


   ほんの少しだけ星座に詳しくなって
   君の知らない誰かに星の話をする僕を見たら
   君は笑うだろうか
   星空よりも眩しい夜景
   ビルに切り取られた四角い夜空を見上げて
   見えるはずのない星を探している僕を見たら
   君は今でも、笑ってくれるのだろうか





自由詩 プラネタリウム・アワー Copyright 嘉野千尋 2007-05-21 18:05:22
notebook Home 戻る  過去 未来