この際なんでも面白がれ!あるいはパレアナ症候群
佐々宝砂

自己欺瞞でも嘘でもアホでもうんこでもいいのである。はっきりいや不幸のどんぞこでもいいのだ。なんでもけっこう。鬱病失業借金に加えて、特定疾患の難病に逮捕、なんでもきやがれ(って正直なところ私にはその全部が関係してきてるんですがねいま現在)。不幸自慢をするときりがないのでしない。まあ気が向いたらする。いまは気が向かない。鬱病の話だけちょっとする。私は元来かなり明るい性格である。かつては全然そう思ってなかったが、いまネットに向かっていろいろ読んでると実に「私ってなんて明るい性格なのかしら(にっこり)」と思うのだった。

元来明るい性格であるところの私が鬱病になりはじめたとき、自分でも明らかに異常を感じた。なにしろ泣けてきてしかたないのである。たいへん優しい夫にモノぶっつけて「なによあんたなんか私のこと全然わかってくれないくせに!」と叫び、あげくの果てに「助けてよう、死にたいよう」とさめざめと泣くのである。もう世の中の何もかもが怖くて悲しいのである。スーパーにゆくとレジ係に怒られそうで怖いのである(普通レジ係は客に向かって怒ったりしません、よっぽどのことがなければ)。道を歩いてて子どもに出くわすと石を投げられそうで恐ろしいのである(まあ、そういうことする子どもも中にはいるかもしれん)。近所の人が立ち話でもしてようものなら、ありゃ絶対私の悪口だと思えて、そそくさと逃げてしまうのである。

私は仕事に行けなくなって会社をクビになり、細々とライティングの仕事をしたがそれもITバブルがはじけて打ち切られ、貯金がなくなって自動車保険が払えなくなったので、車を手放した。我が夫はたいへん優しいのだが、自分の車の保険くらい自分で払えというおひとである。まあね、中卒で働いて、アル中の父親の面倒を何十年とみてきたひとだからね。ある意味厳しい。それはそれで、いい。でも夫は私の異常に気づきながらも病院に行けとは言わなかった。その手の知識を持っていなかったからである。私は二十歳の頃に鬱というか摂食障害になって精神科に通院したことがある。あの頃みたいだな、明らかに私あたまおかしいよなあと思いはしたものの、病院には行かなかった。私は病院(と美容院)が大キライなのだ。ところがある日、とあるDIYショップでかなりはっきりしたパニックを起こした。店の真ん中で座り込んで涙ぽろぽろ流したまま動けなくなってしまったのである。異変に気づいた店員が近づいてきたら余計に悪化した。のんきな夫もこのありさまを見てさすがに「こりゃ病気だ」と感じたらしく、その日のうちにイエローページでその手の病院を探し当て、診察を予約してくれた。

で、それから何年経ったんだ、えーと、たぶん8年か7年だ。鬱になりはじめた頃に較べると、客観的にみてうちはかなりひどいありさまになっている、なんしろ掃除していない。ぐちゃぐちゃだ。取り込んだまま畳んでない洗濯物の上で猫が寝ているがそのまま放ってある。畳んでない新聞が散乱している。先月くらいに買った少年ジャンプがテーブルの下に転がっている。壁際には文庫本が山と積まれていまにも崩れそうで、しかもその上には埃がたまっている。以前の私なら、「もっときちんと掃除しなきゃ!」と焦りまくってパニックを起こしたであろう状況だ。しかし現在の私はパニックを起こさない。まーいいじゃんと座り込んで新茶なぞ飲んでいる(茶工場でバイトしているのでお茶だけは高級品が手に入る、とゆーかもらえる)。幸せか、と訊かれたら、うんけっこう幸せだよと答えると思う。

さてこれは鬱が治った状態なのか?と問われると、なんか違うよなと自分で思うのだった。ぐちゃぐちゃな自室だけは見て見ぬことにしているが、その他の不運不幸についてはかなり自覚的で、なんでわたしゃこんな状態に陥ったのだ、私自身にも悪い点はいっぱいあるがそれ以上に運が悪いのか、あるいは悪いものを選んでしまうのかなどと、多少は思い悩む。だがあくまでも「多少思い悩む」だけであって、そんなにものすごーい鬱にはならない。たぶん薬が効いてるせいだと思う。薬は万能ではないし副作用もきついが、自分に向いた薬が見つかればかなり効く。効きはするが、ある意味これは効き過ぎじゃなかろーか。ここまでゆくと、どんな状況下でも幸せを見つけてしまうという、話にきくパレアナ症候群状態ではなかろーか。

でもまあ、なにはともあれ摘みたてできたて新茶(高級やぶきた玉露)はうまいのだ。私のシャツの上にへーぜんと寝ている猫の寝姿はおかしくって笑えるのだ。来週はなんとかお金を工面して、私の非常に親しい知人(俗に愛人ともいう。ちなみに彼は治療法のない遺伝性の難病であと十年ほど経つと身体の自由がきかなくなる)が拘留されている留置所まで面会にゆくのだ。留置所で面会だぜっ。なかなかそんな機会ないだろう。この際なんでも面白がろうと思うのである。自己欺瞞でも嘘でもアホでもうんこでもいいのである。そして私はどうやら、もともとそんな性格なのである。


散文(批評随筆小説等) この際なんでも面白がれ!あるいはパレアナ症候群 Copyright 佐々宝砂 2007-05-19 16:58:24
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