静かな氾濫をこえて—四つの断章   デッサン
前田ふむふむ

     1

逆光の眼に飛んでくる鳥を、
白い壁のなかに閉じ込めて、
朝食は、きょうも新しい家族を創造した。

晴れた日は、穏やかな口元をしているので、
なみなみと注がれた貯水池を、
空一杯に広げている。

流れる眼差しを追いかけて、
わたしは、カレンダーに横たわる遊歩道を歩く。
見慣れた紫陽花のうえで、
ひとりの女性の生い立ちを絞殺しながら、
やさしい言葉は、空を飛ぶこともあるのだと、
独り言を飲みこんで、
その香りあがる手土産を、母に自慢げに話した。
少しやつれた母は、わたしのために、一人の青年を
碧い海に旅出させた、美しい船の話をしたが、
このひかりを聴いたのは、何度目だろう。
母は子供のように笑っている。

眩しい食卓。五つの白い曲線の声、
              溢れて。

遠い記憶の片隅から、搾り出した破片。
その草々のなかで、溺れている影を、
抱きしめると、
空白の砂丘を埋めて、驟雨に霞む橋梁が動く。

  ・・・・・

見上げれば、鳥は見えない。

灌木のような春が裂けて、
汗ばんだ夕暮れ、
誰もいない部屋の静物が、起き上がると、
退屈だったひかりは、度々、そつなく計算をして、
わたしの置き場を支えるのだ。

      2

雨に濡れた寒々とした少女が、
絵本のような眼で、わたしを見ている。
傘では、精神病棟の原色の色紙を
切り分けることができないのだろうか。
後姿が、わたしの神話のなかに溶けてゆく。

仄暗い夢のなかの、
古いピアノの置かれた部屋で、
透きとおる唇が、翔ることがある。
水底のような落ち着きを、
少女は、あの音階の上にだけはみせる。
人形のように、瞬きもしない、わたしの眼のなかで、
少女が、手紙を書いている。
夥しい追伸の記憶。
そんなとき、遠い日の彼岸花が、いま、
燃えるように咲いている。

      3

思い出したことがある。
眼が眩むデザインのイルカが、空を飛んでいる。
それに、目線を合せず、眺めることが、
臆病者と陰口をたたかれる時代があった。
熱狂は、テレビゲームのように、
多様な遊び方の説明書が付いていた。
「メーカーにより、操作方法が異なります。」
象が墓場を目指すように、
あるいは、気取ったポーズをして、
わたしは、孤独な書架にもぐり、
うすい色の心臓の鼓動を聞いていたが、
深い海を泳いでいる魚のように、
顔は、黒い円を掬ぼうとしていたと思う。

そこで、手に付いた取れない血を、洗っている君も、
そうだっただろう。
あの夕立の頃は、
血を探すのに、懸命だった。
わたしも、君も、街角にこまめに足跡を付けている
犬も、猫も、からすも。

      4

月が、聡明なひかりを向けているときは、
到着駅の、ひとつ手前の駅で、
死者の笑い声を聞いて、
ともに笑いながら、オフ会をしよう。
死者の家の間取りには、砂の数ほどの席がある。
あの、なつかしい歌声も、
歪なざわめきも、
   みんな、わたしの空だ。







自由詩 静かな氾濫をこえて—四つの断章   デッサン Copyright 前田ふむふむ 2007-05-08 21:21:01
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