春の種
小川 葉
言うに言えないことがあって
親友たちに相談しても
そのひとことだけが言えなくて
言えるとしたら
その相手とはすなわち
あなたではない誰か
そっちに行くのはめんどうで
それでも行きたいふりしてるだけの毎日に
本能的にいらいらしてきた
階段の踊り場で
突如
まったく突如
階段を下りはじめた感情
ひきつっていた顔の迷いは消え
まるで肉食獣が獲物を
むさぼり食うように
音楽が聞こえる
閉店を告げる音楽が
深夜のコーヒーカップが
ひとりでにソーサーの上で踊り
コーヒーが渦を巻いて
その中に吸い込まれた
苦い朝
はじめて見たソーサーの上
目を覚ました気まずさは
あたらしい春の訪れの象徴
あるいは雪解けの野山にあらわれた
むごたらしい姿した枯野原
そして春の種がむなしく
また土に投げこまれた