特別な日
キヨカパパ



いつか寺院で見た 生け贄の山羊のようには 悲しみは私を殺さないから 
汚れやすい白く甘い菓子を 両手一杯に掬う
死者が出そうな陽射と気温の中 恐らく理不尽に叱責されていた少女は
その破れ汚れた布のまま もう男に買われただろうか

騒がしい雨音のせいで お前の最期の音は聞こえなかった
54時間前から引き篭りっきりで 起きてる間中 不安を抱いては様子を見に行く
まだ大丈夫 尻尾が動いてる ほら 耳を動かした
確実に衰弱していくのに 私は何も受け入れられなかった

柔らかな鐘の音が波のようにうねり それは途切れることがない
重ねられる祈りの言葉の意味は解らなくても それが心地良いものであることは解った
打ち破るように突出した鐘が鳴る 祭壇に人が集まり始めたことで 儀式の開始を知る
少女は止め処なく涙を流しながら 見慣れた儀式などには興味も示さず 足をブラブラと揺らしていた

三本目のビールを取りに行きがてら お前の様子を見る
左眼が濁ってしまっている それでも触ると耳を動かしたから
今日も乗り切ってくれるだろうと 私は七時間後には始まる仕事のことを考えた
私がいない間も お前は息をしてくれているだろうか その不安を飲み干せない

山羊は最初だけ暴れた 祭司には似つかわしくない大柄な男が 
馴れた動作でギロチンの型に嵌めると 諦めたように静かになった
男は無造作に幅広の剣を出すと その一閃で見事に山羊の首を切り落とした
首は勢い良く飛び そして転がり 私の視界から消えた 目を戻すと 胴体はようやく痙攣を始めた

時計が午前一時半を回る 頁を捲る手を止め
毛布の間から少しだけ頭を覗かせたお前を窺う
秒針の音の間に母の鼾が溶けてゆく と 爆ぜるように父の咳
眠れないのだろう 半身の感覚を失ってから 父の眠りはあまりに短い

あとは祭司の短い祈りで終わった あっけなさすぎて私は特になにも感じなかった 
これを見て肉が食べられなくなる人間がいるなんて 悪い冗談だとさえ思った
生け贄の山羊はこのあと捌かれ 山羊を捧げた家族に食される
無駄のない 良い習慣だと思った 

これで最期と決め 四本目のビールを開ける
一瞬 朝の辛さが頭を霞めたが 振り払う
もう一度お前を窺い 本に目を戻した
もしかしたら あの時だったのだろうか お前と 最期の―

儀式が終わると 当てのなくなった私は この熱さの中 私の身長を越えるほどの炎の前で
祈りの言葉を紡ぎ続けるという荒行に挑むサドゥーを見ていた
無碍に揺れる炎の向こうで 少女はまたも叱責されていた 涙ながらに何かを訴えようとしていたが 最期は突き飛ばされ倒れた 汚れた布が翻り 形の良い尻が見えた 
十分に神聖さが感じられるこの場所で 欲情する自分を 私は少し恥じた

最期のビール飲み終えると 私は静かに栞を挟み 本を閉じた
煙草の火を消し 注意深く煙が消えてゆく様を眺める
そうして最期にお前に触れる お前が逝ってしまったことは 触れた瞬間に解った
私の思考は氷止し 足が勝手に母の元へ向かっていた そうして母の腕を握った

じりじりと身を焼く炎の向こうで 泣きながら少女は座り込んでいる
一心不乱に祈りを捧げるサドゥーの横で 私は見え隠れする尻を眺める
と 少女は突然立ち上がり 無造作に布をたくし上げ 尻をぱんぱんと払った
顔を見るともう笑っている 視線の先には友達らしき少女 
夢から覚めたように 私は自分がここに来た目的を思い出した

知らず力がこもったのか 母はすぐに目を覚ました
寝ぼけた顔に向かって 酷く冷静に私は言ったはずだ
―ハナ、死んだ
言葉にした途端 受け入れてしまった自分に気付いて 泣くことしか出来なくなった

首切りの儀式を見たその足で メインストリートのパブにステーキを食いに行く
―あれを見て 肉を食えなくなった奴がいる
そんな噂ひとつを超えるために 自己満足と少し甘めのビールに酔い痴れるために
灼熱の一歩手前の道を延々歩き 少女の尻に欲情する そんな愚か過ぎる男が私だった

なにか考えようにも 涙が思考まで流していく
お前を焼くであろう炎の向こうには 変わらず愚かな私がいるだけだ
咽ぶ私の口から やっと出て来た言葉は 畜生 だけだった
ちくしょう ちくしょう 何度もそう呟きながら 
今日が 四月二十三日が 特別な日になったということくらいしか お前に誓えることがない


悲しみは私を殺さないから 汚れやすい白く甘い菓子を 両手一杯に掬う
理不尽に叱責されていた少女は もう少女でなくなり 白い白い服を着せてもらっただろうか


昼に向かった火葬場から煙は出ていなかった 合同だから お前の骨は返せないと言われた

両手一杯だった白く甘い菓子を 少しずつ零していくことで 
愚かな私の 特別な日は増えていく 







自由詩 特別な日 Copyright キヨカパパ 2007-04-25 23:30:32
notebook Home 戻る