春の記憶
角田寿星


規則的にしずかに眠らないモーターが
半音階だけその声をあげて
いつの日か再び息づきはじめる時
スキャナーは熊のように鼻をひくつかせ
カウンターは目盛りをゆるやかに揺らし
サーモスタットが重たい瞼をうすく開けるだろう
やがて春のプログラムは再起動し
フィルターに覆われた
純白のファンが回りはじめ
かすかに立ちのぼる蒸気は陽炎となり
廃水は淀むことなく清流をつくるだろう

そして雨が降るのだろう
やわらかな春の雨が
ふかく立ち込める中性子雲を弾きながら
鉄塔に突きささった巨大な右腕を濡らし
わずかな血の痕跡を洗いながして
凍りついた彼女らの目覚める時が
ドームのロックを解除し大気を吸いこむ日が
いつか

燃え残った雑誌の一葉の写真
雪混じりの大地 灌木 シラカンバの林
枝々の向こうひろがるどこまでもとおい
あおいあおいあおい
空の記憶が
腐蝕していくことさえ許されず
地を這う突風にいつまでも吹き飛ばされて
時の裂け目から迷いこんだふたつの見つめる
生物とは言い難い発光体とともに
こわれるような舞を
おどっていた

いつか
海の薫りがここにとどく時が
この地にひかりさし芽吹く時が
しずかにプログラムの再起動する日が
いつかほほえんでくれるなら
その両手を副えてくれるなら
えいえんに訪れるだろう けして
美しくも素晴しくも成りえない
春を
祝福するかのように


自由詩 春の記憶 Copyright 角田寿星 2007-04-25 13:07:14
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