畑のにおい
服部 剛
お得意さんの取引先から
オフィスへ戻る車内
助手席の窓外は
穏やかな田舎の村と
夕焼け空の陽の下に
広がる畑
窓を開けた隙間から
入る風に
前髪はくすぐられ
( 今日はよい日であった・・・ )
と浸っていると
窓の隙間から
馬糞のにおいが
鼻腔に吸い込まれ
思わず
ごほっ ごほっ
と咳込んだ
同僚の運転手は
慌ててボタンを押し
車の窓を閉めてくれたが
田舎の道を通りすぎても
オフィスに戻った後も
何故か
そのにおいは消えなかった
*
一日の仕事を終え
帰りの道を歩くにつれて
胃が渋り始めた
げっぷ
体内から
湧き上がる
あの田舎の村の
馬糞のにおい
( 人の姿の醜さは
( いつも自らの内に
( 腐れていた
夜空に冴えた満月の
夜道を家へふらふら歩く
( 咳込んでいたぼくを見て
( 慌てて窓を閉めてくれた
( 同僚が
( 「 大丈夫? 」
( と瞳をひろげて訊ねてくれた
( あの心ばかりが美しい
肌着を捲った掌で、
しぼんだ腹を、暖める。
( 今日はまことに、よい日であった・・・ )