星を千切る
嘉村奈緒


鱗はがし


   ぐったりとした坂の両脇

   片付けられたばっかりの ここは小さな店屋さん

   向かいではやけくそなハンマーが突き出た骨を打っていて

   ときどき喧嘩のような声がする


   運び出された土くれだとかは 当面、海へとほうられる

   じゃりじゃり ここいらの 口当たり


   海からはちらほらと薄い影が打ち上げられて

   昼時にもなるとしゅるりと干上がるのだという噂が流れた




   あすこの体格の良い店主

   ガリガリ

   やけくそのハンマーで例の影まで吸い取って 

   真昼時だというのに今日はとても しずか
   








ぷかぷか日和



さあ 空との距離を測ろうじゃないか と
男は上ばかりを向いていたので
湾曲したまま 虹になってしまった


  足に節があるもの や 背に毛の生えているものが
  宛先もないまま浮かび
  くちぐちに 不格好な魚の噂話などをしながら
  優しく孕まれるのを待っている
  私は腹をついばまれたまま 虹との距離を測っている


    こよなく青い空
    に
    不格好な魚は泳ぐ
    その骨で裂きながら泳ぐ
    裂け目からはらはらと落ちる 私たち
    電線に引っかかってあの魚より
    切ない

    ぼんやりしながら
    あの魚は帰れたのだろうか と 上ばかりを見る
    風が電線を揺らす
    どこまでもしずか
    どこまでも




        それでも青い
        こよなく青すぎて
        泳ぎたくなるのも わかる気がする








線の街



白白とした太陽から伸びた線が
広場の噴水の首
吊ってんの見ちゃった
天辺と底辺がくっついたもんだから
引っかかった渡り鳥は
母子家庭の食卓に並ぶの
おかげさまで
誰も文句言わない
平和な日々
平和な日々です
平和ですね
と挨拶をした仕立て屋の
服のほつれた先はずっと上に伸びていて
あらいやだ
太陽と吊っちゃってるわ
なんて噂が立った
わたし
見ちゃったの
太陽は白白としていて
律儀に一本一本束ねちゃったりして
引き出しからハサミを見つけたときは
もうね 先っぽどれだかわからないくらい遠くて
真っ青になんかなっちゃって
みんな呆けちゃって
いじらしいよね
繋げときたかったのよね
で、
平和ですね
と挨拶されたので
そうですね
と返事をしました

太陽と吊っちゃってるの 見たわ
太陽と吊っちゃってるの 見たわ
それでね

渡り鳥が今でも落ちてくるの



わたしは、
ハサミを持っているの








青姉妹


           悲しい、ということば/



           空はやわらかいとされていたので
          強靭な管がさしこまれても、違和感
          なくそのままとされてしまう(世界
          は、悲しい、ということばに色をつ
          けたがって(…あの管はどこへ伸び
          て、また伸び続けているのか、それ
          すらもわからないままに(ただ単純
          にあなたとわたし(あなた、わたし

       
           


           わたしが「なんて悲しいのだ!」
          と叫べば、ことばは地面へと着床す
          る。あの管を通って。降らない。だ
          からあなたもわたしも傘を持ってい
          ないというのに。あれは空。さんざ
          めいて、泣くということを知らない
          空。一部だけ薄くて、あれはきっと
          自分から生まれたということですら
          知らないでいる。








           ことばで埋め尽くされる あなた
          に世界は色をつけた 単純に ただ
          単純に泣いて わたしは「悲しい」
          と言えなくなってしまった ブルー
          あの管を知っている? 空はやわら
          かくて 泣けないけれど あなたは
          管の先をさされていたという単純な
          こと それから わたしは傘もささ
          ずに(悲しい…)と濡れていたとい
          う世界  ブルー ブルー  (…



     





           あなた、わたし あなた、わたし、
          あなた、あなた、あなた、と、わたし

          着床した世界は「悲しい」ということ)









さかさバケツ



公開されてから何日経っても
行列は絶える様子がなかった
さかさに展示してあるバケツの底の
ほんの小さな穴を順繰りにのぞきこむ
ひとりひとり見えるものは違うらしく
喜んだり驚いたり
多様な反応をしながら帰っていく
こんな機会は滅多にないので
わたしも見てみたいと内心思うけれど
監視員は見てはいけない決まりがあるので
毎日じっと我慢をする

もっと何日か経った頃
展示品がひっくり返されていた
ただちにさかさに直され
学芸員や評論家たちが交代でのぞいてみたが
さっぱりのようだった
どうなるんでしょう
と聞くと
会議で最終判断がされると思いますが
おそらく燃えないごみに出されるでしょう
と言われた

それならばと自宅へ持ち帰り
床の上にさかさに置いた
いささか緊張しつつ
そっと穴からのぞきこむと
はらりと淡い雪のようなものが降ったあと
それきり二度と見えなくなった



自由詩 星を千切る Copyright 嘉村奈緒 2007-04-23 23:08:31
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