子どもの昇天 —海—
輪橋 秀綺
誰が哀しくて 雨が降るのか
水面には 先祖様が揺れています
海底では 光こそが恋しいのです
海のキャンパスを塗りつぶす 雨
それはまことに私達の涙です
天の彼方 水のレンズの奥に霞む
雲の間には 私達が揺れています
宇宙の拡がりに届こうと
私の中心で 鼓膜が震えています
殆ど戦慄するような それは 雷
眠るように隠れていた ある晩の
そのとき
強烈な閃光の 波のような幕は 堕ちたのでした
(しかも それは )
幕の奥には 新世界が うっすらはっきり見えました
私は眼を瞑ります
何が哀しくて 涙を棄てよう
二度と戻れないことに負の価値などないのです
泡の音を感じると 私の鰭は完全に分離します
「戻るつもりはないけど待っててネ」
さよならを無理に婉曲してしまってから
私は海を棄て 鰭は二本の足になり
僕は二足歩行を始める
生まれたばかりの仔鹿のあどけなさで
ゆれゆれる世界の隙間で
見上げれば 星
意識の向こうの奥に落ちて
そこには 孤独が揺れています
僕はさよならを直球に託して
曙 涙の代わりに雨が
雨が僕を 海を 光を
裸足で 丁寧に 叩いていく
水面には 先祖様が揺れています
海底には 仲間達が恋しいのです
大地の路標を覆い尽くす粉雪
それはまことに私達の心です
天の彼方 オゾンの鏡の奥に霞む
星の間には 引力が揺れています
宇宙の拡がりに耐え切れずに
僕の中心で 網膜が熟れています
殆ど慟哭するような それは祈り
安らかな眠りを知った ある朝の
誰の哀しみに 雨は降るのか
風景は揺れています 私達の水平線まで
風景は揺れ動きます 僕が一歩地平線に近づくたびに