膨らんでゆく。
もののあはれ

嫁の腹が日に日に膨らんでゆく。
検診に行くたびに倍の生命力で大きくなってゆく。
嫁は四六時中続く気持ち悪さを懸命に我慢している。
風邪を引いてもなるべく薬を飲みたくないという。
嫌いなニンジンも頑張って食べている。
大嫌いな魚の小骨も頑張って噛みしめて食べる。
少しでもお金を貯めようと今日も靴売り場で働いている。
産まれ来るその時の激痛に僅かに怯えながら。

俺はと言えば。
相変わらず自分の事ばっかりで。
夢みたいな夢なんて追いかけて。
その夢もほとんど忘れちまって。
煙草の煙で誤魔化して。
焼酎煽って寝るだけで。
頑張れよなんて励まして。
欲望ばかりが膨らんじまって。
俺に任せろなんて膝震わせて。
風呂を洗ってやるのがせいぜいで。
ゴミの分別も分からなくて。
自分の事が分からないなんて語っちまって。

嫁の分のプリンまで食べるのはやめにする。
嫁が食べたくなった時いつでも食べれるように。

嫁より先に眠るのはやめにする。
嫁の不安をずっと撫でていてやれるように。

嫁の食欲が出て来たらカレーライスを作る。
嫁の好きなトマト入りで酸味を効かせて。

嫁の腹が日に日に膨らんでゆく。
その膨らむ身体を心底美しいと感じるんだろう。

だったら全てを抱えて笑いながら走れ。
泣いてても笑ってる事にして走れ。
嫁の腹で膨らんでゆく密やかな蕾が。
優しく強く咲き誇れるように。






自由詩 膨らんでゆく。 Copyright もののあはれ 2007-04-09 19:09:38
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