春のひかり
前田ふむふむ

悠々と二羽の鳥が、碧い空を裂いてゆく、
       鮮やかな傷口を、
銃弾のような眼差しで、わたしは、追想する。
  その切立つ空を、あなたの白い胸に、捧げたい。
  
     ・・・・

朝のひかりを放射するガラス窓ごしに、
清々しく沐浴する街頭を見つめる。
その通りすぎる人の群を眺めていると、
ガラス窓は静かに動きだす。
わたしの視線を包みこんだ、映像の螺旋を描いて、
やがて、泡のように、砕けては、瞳孔のうしろに没してゆく。
零れるほどの余白は、呼吸を止めて、
砕けた文字のような、赤く閃光する暗闇が、ひとつ生まれる。
その指紋は、次々と数を広げて、形づくられて、
ガラス窓のあった場所を、悉く、充たしてゆく。
見えているものは、ガラス窓を飲みこんでいる死者たち。
ひかりは、強く光度を増して、
眩しさに眼を細めれば、震えるような色彩のさざなみが、
なつかしい言葉を集めた、葬列の夕立をつくっている。
濡れる頬を、萎えた手で探れば、
厳かに、比喩を象り、失われていた言葉たちが、
       新しいガラス窓を越えて、溢れてくる。

     碧空の眼差しが
         廃墟の眼差しを越えて――。
         


      ・・・・

わたしは、狭い鳥篭に押し込まれて、貨物のように、
毎日、丹念に耕した道を辿っている。
やや、肌着が汗ばんで湿っている熱気は、
決められた苦痛として、耐えなければ、ならないだろうが、
雨上がりの欠落して過ぎてゆく車窓の景色は、瑞々しい。

公園の砂場の土を、より強固にするために、
踏み固める日常。
歩きながら、公園の黒い砂が、靴にこびりついてくる。
些細な苦痛。

わたしたちのめざす場所は、夕暮れのガラス窓の佇まい。
わたしの眼は、夕暮れの風景が、朝のひかりの頂点で、
鐘を鳴らしている。
そのとき、わたしの見ているガラス窓のむこうには、
もう、誰もいないのだ。
   あなたのすがたも見ることがない。
   風に吹かれた空き缶が、坂を転げ落ちるのがみえる。
   無人の交差点を、雲が蔽い、
   ひかりの視線を一瞬、遮り、――

       /子供のときに聴いた笑い声、/
          かあさん、あれは、/僕の空、
       /あのひなげしのむこうに、
       /婆ちゃんが、ひかりのなかで、/降りそそぐ、
       /折り鶴を眺めている。/

影を倒して、
ふたたび、沈黙した明度が、
       あたりを這っている。
      新しいひかりが。

    ・・・・

忘れないでほしい。
朗々と読み上げる透明な本の、厚みが増した夜は、
わたしの生きる呼吸の濃度が、またひとつ掘りさげられるのだ。
見え始めた語彙が、意味の先端に楔を打ちこみ、
夥しい足跡をもつ、
わたしを、曖昧に流れる都会の日常の外に置いて、
あなたとの距離を、豊かな花々で埋めていく。
あなたは、いっそう、
わたしの掌に、震える汗を、握らせつづけるのだろう。
春は、あなたのもえる胸の白い林間に佇み、
    繫がれている線は、さらに絡み合って、
    終焉の見えない物語が、
         頁を捲る成熟した時間を、
          増やしつづけているのだ。と

    ・・・・



まもなく、飛び立つ鳥が、止まっているみずうみがある。
そのなかを、着飾った密猟者が、
隠れるように近づいているかもしれない。
      それは、わたしの剥落した影法師。
きょうが芽吹いた若葉に波打つ、
わたしは、銃弾のような眼差しで、
       四月の灌木を見つめよう。
  あなたが、みえる場所に立って、
    涙ぐみ、浮かび上がるひかりを、共に見つめていたい。
   








自由詩 春のひかり Copyright 前田ふむふむ 2007-04-06 22:13:12
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