9月の傾斜
山田せばすちゃん

10月には花嫁になる予定の女からの電話に
秋晴れの連休でどこかへ連れて行ってもらいたそうな子供たちと
布団干しを手伝ってもらいたそうな妻の目を盗んで
ガレージから車を出す



           きみのてをひいてくるまにひかれたぼくのいぬを
           じゅういさんまでおみまいにいったにちようのごご
           おりにはいったぼくのいぬはぼくをみても
           よわよわしくしっぽをふってみせるだけで
           もうたちあがることはできないんだよと
           しろいうわぎのじゅういさんはそらにむかってつぶやく


もう会えないと思っていたのに
どんな顔をすればいいのかも分からないまま
国道に出れば連休の渋滞
CDは妻の好きな福山雅治で
FMに変えてもやっぱり福山雅治が何か喋っている


           おとうさんはもうあきらめなさいといって
           あたらしいいぬをかってあげるからといったけれど
           きみのてをにぎりしめながらぼくは
           もうたちあがることはできないいぬはいきていてはいけないのですかと
           じゅういさんにきいてみようとおもうけれどくちはうごかない


待ち合わせた場所はどこの街にも
必ず一つや二つはあるファミレスで
無愛想なウエイトレスと
煮詰まったコーヒーをお代わりする苦痛に耐えられれば
あとはどうということもなく
窓際の席で女を待つだけ


           そのいぬはぼくをさがそうとしてぼくをおいかけて
           かあさんがくさりをはずしたそのすきにいえをとびだして
           ぼくとよくさんぽにいったこうえんにはしっていくとちゅうで
           みちにとびだしてくるまにひかれたのです
           ぼくがおうだんほどうのわたりかたをおしえていなかったのです


言い忘れた事がひとつだけあったからとだけ言って
女は席についてからメニューも見ないでアイスコーヒーを頼む
柔らかい生地の長袖のシャツはすみれの色で
胸元にうっすらと汗が浮かんでいるのは
きっと駐車場からここまで小走りに来たせいだろうか
傾きかけていても日差しはまだ強い


           そのいぬのめんどうをきみはいっしょうみられますかと
           しろいふくのじゅういさんはぼくにきいた
           さんぽにもいけない、おしっこやうんこもそこでするしかない
           そんないぬをきみはがっこうにもいかないでめんどうをみられますか
           きみはぼくのてをにぎりかえしながらそっとみみもとでささやいた
           かわいそうだけれど、と


「このひとでなし」
笑いながらそういった女はそのあと急にうつむいたきり
しばらく嗚咽を噛み殺していたけれど
なんと答えていいやら分からないままに間抜けな顔で煙草をふかす僕に
あきれたのかあきらめたのか
けたけたと笑いながらアイスコーヒーを
氷ごと僕の顔にぶっ掛けて
そのまま席を立ってしまった


           きみらはみんなひとでなしだ、ぼくのいぬをよってたかってころしてしまうんだ
           それからぼくもひとでなしだ、ぼくをたよってぼくのかわりにひかれたぼくのいぬを
           ぼくはたすけることもできないで、きみのてをにぎっているだけでせいいいっぱいだ


気がつけば


           きがつけば


九月の空だ


           くがつのそらだ


自由詩 9月の傾斜 Copyright 山田せばすちゃん 2003-08-14 01:48:47
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