三月の手紙  デッサン
前田ふむふむ

白く鮮やかに咲きほこる、
一本のモクレンの木の孤独を、わたしは、
知ろうとしたことがあるだろうか。
たとえば、塞がれた左耳のなかを、
夥しいいのちが通り抜ける、
鎮まりゆく潜在の原野が、かたちを震わせて、
意識は、漆黒の海原の深淵をかさねながら、
ひかりを見ることがなく、
失われていった限りなく透明な流れを、
いつも一方の右耳では、強靭な視力で見ている、
そのように引かれている線のうえで、
萌えだしている夜明けを、
風雨に打たれて、力なくかたむいて立つ、
案山子のような生い立ちの孤独として、
意識したことがあるだろうか。

恋人よ。
わたしが手紙のなかで描いた円のうちがわで、
あなたが死の美しさに触れられたら、
わたしに囁いてほしい。
ときが曲線を風化させる前に。

空に有刺鉄線が張られて、
その格子のすきまに止まった
泣き叫ぶ白鳥の群を、美しいといった、

恋人よ。
あの着飾った日記帳のながい欠落した日付が、
ほんとうは、満ちたりた日々で埋めてあると、
うすく視線を、やせた灌木の包まる、
感傷的な窓にやった、

恋人よ。
寒々とした白昼のカレンダーのなかで、
熱くたぎる乳房の抱擁を、
わたしの白く震える呼吸に沈めてほしい。

盲目の荒野を歩く朝の冒頭を、
生まれない匂いが、草の背丈まで伸びて、
見渡せば、死のかたちが視線にそって、描かれる。
次々と波打つように。
わたしは、大きく声を、
茫々とした見える死者にむければ、
小さな胸の裂け目から、
仄かに、流れるみずが、
わたしの醒めたからだの襞を走る。
ああ、生きているのだ、
詩の言葉の狭間を。

わたしは、充足した世界を、埋めつくしている両手を、
空白のそとに捨てて、
ふたたび、見えない風に吹かれる。

夕陽の翼から、零れるほどの、
先達が見つめた、

恋人よ。
赤く沈む空に、昂揚した頬をあげて、
梟は、今日も飛び立ったのだろうか。



自由詩 三月の手紙  デッサン Copyright 前田ふむふむ 2007-03-27 22:47:55
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