蒼い微光
前田ふむふむ

     1

うすい意識のなかで、
記憶の繊毛を流れる、
赤く染まる湾曲した河が、
身篭った豊満な魚の群を頬張り、
大らかな流れは、血栓をおこす。
かたわらの言葉を持たない喪服の街は、
氾濫をおこして、
水位を頸の高さまで、引きあげる。

これで、歪んだ身体を見せ合うことはない。
徐々に、溶解してゆく、
水脈を打つ柩のからくりを知ることはないだろう。
唯、あなたに話し、見つめあうことが、
わたしには、できれば良いのかもしれない。

見えない高く晴れわたる空を、
視線のおくで掴み、仄暗い部屋の片隅で、
両腕で足を組みながら、
そう思う。

    2

冬の朝は、とてもながい。
しじまを巡りながら、
渇いたわたしの、ふくよかな傷を眺めて、
満ちたりた回想を、なぞりながら、
やがて訪れるひかり。
そのひかりに触れるとき、
ながい朝は終焉を告げる。
そこには、恋人のような温もりはないだろう。

あの、朝を待つ、満ちたりた時間だけが、
恋しいのだ。

    3

無言の文字の驟雨が、途切れることなく続く。
覆い尽くす冷たい過去の乱舞。
わたしは、傘を差さずに、ずぶ濡れの帰路を辿るが、
あの、群青の空を、父と歩いた手には、
狂った雨はかからない。
やがて、剥がれてゆく、気まぐれな雨は、
蒼いカンパスのうしろに隠れて、
晴れわたる裾野には、大きなみずたまりをつくる。

わたしのあらすじを、映すためだけに、
生みだされた陽炎だ。

     4

わたしは、きのうがみえる都会の欠片のなかを、
隠れるように浮遊する。
モノクロームの喧噪が音もなく流れる。
その沈黙する鏡のなかで、煌々と燃えている、
焚き火にあたり、ひとり、あしたの物語を呟いてゆく。

  八月の船は、衣を脱いで、冬の雪原をゆく。
  二台の橇を象る冷たい雪を、少年のような
  孤独な眼差しで貫いて、
  瓦礫の枯野に、うすい暖かい皮膚を張る。

  熱く思い描いた経験が、
  あなたの閉ざされたひかりを立ち上げて、
  新しい八月には、たゆたう枯れない草原を広げる。
  わかい八月には、約束の灯る静脈のなかに、
  あの幼い日に夢で見た美しい船が、
  今日も旅立ってゆく。

     5

忘れないでおこう。
たいせつなものを失った夜は、
なぜか空気が浄らかに見える。
世界が涙で、立ち上がっているからだろう。
走りぬける蒼い微光のなかを、
立ち止まってゆく、
忘れていた悔恨の草々。
静かに原色が耳に呟く。
「言葉は聞こえるときにだけ、いつまでもそこにある。」

鳥篭のなかの啞のうぐいすが、
          激しく鳴いた。









自由詩 蒼い微光 Copyright 前田ふむふむ 2007-02-28 22:49:40
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