夢の経験
前田ふむふむ

遥かに遠くに満ちてゆく、夢のような泡立ち。
その滑らかな円を割って、
弱くともる炎。
最後のひかりが、睡眠薬のなかに溶けてゆく。

みどりで敷きつめられた甘い草原。
潤沢なみずをたくわえて、
豊かさを誇示する地肌にひろがる、
セイタカアワタチソウの群生のなかを、
恋人を失くして、自嘲するピエロのように踊る、
わたしの幻影が、かなしく背を向けて、
うな垂れる。

夕照がしみる水槽のような寝室で、
空白のこころを埋めるものを、とりとめもなく捜す。
茫々とした夢の荒野から、
掌で、溢れだす記憶のみずを汲み上げて、
そこから、零れていく稜線を眺めると、
わたしは、予約のない夢のなかを、
泳いでいたのがわかる。
おもわず、夢の捨て場所に立ってみても、
暗闇はかたく、わたしの手を、
見慣れたなつかしい場所に、押し戻すのだ。

生きた長さだけ、かわいた瞳孔を、
夥しい夢の破片が洗う。
閉じたこころが寝返りを打てば、
夢の十字路が、砂塵を立てて、見え隠れする。

かすかに見える。
世界の弁証法をうたった宴が、行われた木に
逝った父が立っている。
溢れる笑顔を浮かべて。
わたしは、巧みな織物のように、流れる父の笑顔を、
始めて見たのかも知れない。
駆け寄って、父に話さなければならないだろう。
そこには、父もわたしも、二度と行くことは、
できない。と
凍るようなわたしの手は、父の笑顔を切り裂いて、
灰色の葬祭場に、ふたたび運ぶのだ。
わたしの手は、いつまでも血にまみれている。
父を葬った、洗ってもとれない鮮血の跡をなぞれば、
この口語の時代に浸る法悦の声がささやく。
せせらぎのような、みずの音をたてて、
   途切れることなく、優しさを滲ませて。

こうして、古い砂漠に、垂直する貧しい雨の流れが、
ふたつあった夜は、わたしの背中を、過ぎてゆくのだ。
振り返ることはない。
綴りこまれた、かなしい夢の波紋は、
ひろがり、わたしの骨になって。
わたしは、どこまでも遠い夢の欄干を見つめながら、
みずのように流れている。
      忘れられた夢の都会のなかで。
     銃弾のような棘を抱えて。




自由詩 夢の経験 Copyright 前田ふむふむ 2007-02-16 23:32:21縦
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