「 蒲鉾と犬と、月。そしてあたし。 」
PULL.







蒲鉾がなくなったので、
あたしは買いに行く。
近くのスーパーは深夜まで開いている。
あそこの練り物はコンビニのよりも美味しい。
そう彼が言っていた。
自転車に乗る気分でもないので、
歩いて行く。
ぼさぼさの髪のまま、
ぶかぶかのスニーカーを履き、
ぶかぶかのコートを着て、
外に出る。
数週間ぶりの外は、
とっぷりと暮れていて、
あの夜よりも少し明るかった。

見上げた夜空に、
つるんとした、
まあるい月が出ていた。
なんだか白身の練り物みたいで、
とても美味しそうだった。

近道を行く。
スーパーへの近道は、
向かいのウロコ公園を通る。
買い物の帰りにいつも、
彼と通った公園だ。
あの夜以来の公園は、
しんとしていた。
すごくしんとしていた。
あまりにもしんとしているので、
少し恐くなった。
少し恐くなったので、
啼いてみた。

「わん。」
そう啼くと、
「わん。」
と啼き返す声があった。
誰だろう?。
もう一度啼いてみる。
「わん。」
するとまた、
啼き声がした。
下の方からした。
「わん。」
犬だった。
「おまえひとり。」
声を掛けると、
「わん。」
返事が返ってきた。
犬は素直だ。

犬は雑種で、
青みがかった灰色の毛をしていた。
お腹が空いているのか、
あたしに餌をねだってきた。
青みがかった灰色の尻尾を振り振り、
あたしの周りをぐるぐる回る。
「あたしなんにもないよ。」
言っても聞かず、
ぐるぐる回り続ける。
犬は素直でも犬だ。

よく見ると、
意外に、
いい毛並みをしている。
月明かりに照らされ、
その毛並みが、
さらに青みがかって見えた。
「おまえすてられたの。」
犬は答えず、
黙ってぐるぐる回る。
「おまえもすてられたの。」
犬は回るのを止めて、
あたしを見上げた。
物欲しそうな目であたしを見上げた。

泣きたく、
なった。

捨てられた犬に見上げられて、
捨てられた犬に物欲しそうに見上げられて、
あたしはまた、
泣きたくなった。
でももう泣けなかった。
だからあたしは見上げた。
それがこぼれ落ちないように、
あの夜よりも明るい夜空を、
あたしは見上げた。

夜空には、
つるんとした、
まあるい月が出ていた。
まあるい月は、
やっぱり白身の練り物みたいで、
とっても美味しそうだった。
なんだか憎らしかった。

チョップした。
月はあっさり割れて、
落ちてきた。
半分落ちてきた。

あたしは落ちてきた半分の月を拾い、
もう一度チョップして、
半分の月をさらに半分に分けた。
それを犬にやった。
犬はきょとんとした顔で、
またあたしを見上げた。
「食べな。」
「わん。」
ひとつ啼き、
犬は半分の半分の月を食べた。
美味しそうに、
尻尾を振って食べた。
尻尾はさっきもより青みがかり、
振ると、
きらきらと光った。
まるで流れ星のようだった。
半分の月がうらめしそうに見ていた。


公園からの帰り際、
犬に来るかと聞いた。
犬は答えず、
あたしをじっと見つめ、
ぷいと、
公園の奥に消えていった。
無言のままだった。
しばらくして、
青みがかった遠吠えがした。
それは開放された、
野性の叫びにも聞こえた。
犬は戻ったのだ。

あたしは、
耳を澄まし、
それを聞いた。
躯の中がざわざわした。
血が熱かった。
彼のことを考えても、
泣きたくなんてならなかった。
「わん。」
もう一度だけそう啼いて、
ウロコ公園を後にした。
そして、
部屋に戻り、
おでんを作った。
あたしひとり分のおでんを作った。

その夜のおでんの蒲鉾は、
つるりんのもちもちだった。












           了。



自由詩 「 蒲鉾と犬と、月。そしてあたし。 」 Copyright PULL. 2007-02-09 18:41:44
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