ベーゼンの海
soft_machine


  ついにお前は前世紀の真夏となって
 果実の薫であつめた
くらく重たい天盤をひらく
 太陽のとどかぬ深い森は
  禽の歌の皮肉なかがやきと歓喜と
   植物のむせ返るような熱を
    まなざしでくぐり抜け
   砂浜にたたずむ
  円を描く痛みを抱えながら
 静かに朽ちてゆく
 
ボロー二ア産と記された
 すべての弦が
  今は冷たい風に揺さぶられ
   ひろく横たわる黒い低部の鍵盤を
    磨かれた指の月光に押され
     かすかに
      呻く

   別れの曲を弾いてくれ
    高い空に問いかける
     音がひとつ消えてゆく度に
      風はさらに堂々として
       この冬を美しくするだろう

   俺かお前のどちらかでいい
    続く海に似合うならば
     みじかい調べでも構わない
      この単調な拡がりに
       時おり虹があらわれ

      いちど傾いてしまうと
     見えないあやつり糸に
    吊られた波が重なって
   違う誰かの雨音に濡れながら
  お前が弾いてくれた曲名も
 忘れたふりをした

あの日の約束が
 誰かのものになっているとしても
  たったひとつの存在を
   祈り求めずにはいられない
    夢に逃がれようとようと足掻いても
     午後にはお前だけが愛した
      遠浅が現れる
       真実の名で

      ベーゼン
     お前はいまもなお広い鍵盤が
    この青空の下誰かの指先に生まれ
   ひっそりと失われ
  何度でも甦っていることも知らず
 きっと嘆いているだろう
忘却が
 雲をひとつちぎり
  あの日俺達から飛び去ったことも
   ふたりの足跡に触れたことも
    浜木綿のすべらかな
     葉の脈のかげで









自由詩 ベーゼンの海 Copyright soft_machine 2007-02-05 04:52:40
notebook Home 戻る