旅路
たもつ

(一)すべてのものは

日が翳っている
四月は末日
冷たい図書館の
その片隅で


ある日、男が生まれ
ある日、死んでいった


たった二行の
歴史書が
誰にも読まれることなく
広げられている

風でページが捲れると

すべてのものは
初夏に向かって
進行していた



(二)記憶

八月に
木の葉から漏れる光は
古い水道管を照らし
その脇ではゴムが曲がっている

中庭を
これ、かわらなーい
これ、かわらなーい
大声で走り回っていたのは
誰と誰だったのだろう



(三)生きていく

深夜のターミナルからゆっくりと
長距離バスが発車し
顔を上げることもできずにただ見送っている

ほの暗い車中
一番後部の座席には
幼いころの僕が座っているはずだ
出発間際に手渡した赤い薔薇を抱いて

一時間後
幼い僕はトゲを指に刺し
その痛みにじっと耐えていることだろう

冬の本当の寒さなど未だ知らずに
二日後に花が枯れる理由すらわからずに



(四)手紙

暗くなれば明かりを灯し
腹が空けば飯を食わなければならないほどに
ここは遠い

一人きりの部屋で
誰にも気付かれないよう咳などをする

寒い地面では
霜柱が立ち始めている明方



自由詩 旅路 Copyright たもつ 2003-04-20 19:41:11縦
notebook Home 戻る