初めての記憶
Rin.


喫茶店の中は
小さなロッジを思わせた
ランプの橙色の明かりは
それでもやはり薄暗くて
カウンター席の後ろでは
まだしまわれていないストーブ
季節に似合わなくても
この店には似合っていた

マスターのおじいさんは
優しい目をしていた
黒い目だったというのが事実なのだけれど
私の記憶の中ではいつまでも青い
夜になる一歩手前のように深く青い

私はいつもバナナジュースで
父はいつもコーヒーだった
コーヒーのことをどうしてホットというのか
一度だけ考えたことがある
その日も私はバナナジュースで
摘んできたたんぽぽを
指先でくるくる回した

たんぽぽの茎を裂いてね
水につけたら風車になるの
どこまでも澄んだ水に
私がたんぽぽをつけても
白い頭のおじいさんは
嫌な顔ひとつしないで
青い目を大きく見開いてくれた

父はコーヒーをすすりながら
新聞を開ける その仕草が
本当のところあまり好きではなかった
これを見ている間は
私に構ってはくれないから
私はたんぽぽをくるくる回しながら
ミキサーの中を見つめていた

バニラエッセンスと氷のかけら
どこか暖かい色のミルクに
熟れたバナナ
混ざると氷が星のようで
ランプの光で星のようで
グラスに注がれるまでひとときの夢を見る

私の座ったこの席は
私が生まれるよりずっとまえに
母がよく座っていた
それを聞く度にいつか
自分も大切なひとと来ようと思った

ミキサーの星と あの青
父の置くカップの音と
小さな誓い
私の記憶の糸の端はここにあって
いま目を閉じる私が
確かに息づいている




自由詩 初めての記憶 Copyright Rin. 2007-01-20 22:12:01
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