よもつしこめになるために
佐々宝砂

 壱 うきしま

ねこやなぎ
あまごのせなの朱の星
春あさい湿原の灰色の水
地平線すれすれにみえる赤い月

鳥たちはいっせいに
北にむかって飛んでゆき

わたしは浮島にのって
ゆるゆるとすすんでゆく

踏みしだかれた枯草
黄ばんでしまった手紙
かさかさ乾いた蛇のうろこ
とろけてしまった心臓

そんなものどもを携えて
あちらの岸にわたしは

この湿原がうつくしい緑になるまえに
あなたがわたしを知るまえに

湿原を抜ければ
そこは広い河
てらてらする油脂を浮かべたその水に
あなたの影は映らない



 弐 橋をわたる

橋のたもとに眠る姫よ
あまりにみにくいので
誰からも愛されなかったという
姫君よ

わたしは橋を渡ってゆきますが
姫を踏みにじるのではありません

わたしは櫛をおいてゆきましょう
ちいさな靴もおいてゆきましょう
橋姫よ
わたしの服も指環もささげましょう

だから橋を渡らせてください
わたしは急がなくてはなりません
あのかたがやってくるまえに
わたしはあちらにゆきたいのです



 参 よもつひらさか

あってはならないことって
実はよくある話だったりするので
その坂はいつも人でごったがえしていて

わたしは騒がしいのが嫌いだから
すこし顔をしかめて
でも行かなくてはならないし
そのためには坂をこえなきゃならないから

気をとりなおしてすすむ
おそかれはやかれ
こえることになっていたその坂を
小走りにスキップしてゆけば

あかるい光にみちみちて
きいろなしぶきをあげる泉が
道のむこうにほのぼのとみえてくる



 四 よもつへぐい

あなたの言葉を
あなたのうたを
わたしは食べる
あなたのことを忘れるために


人の子よ
ふりむくな
ここはあなたにはまぶしすぎる


わたしの髪は白くなる
わたしの目は血のいろになる
わたしの肌はもうじきに腐り果て
長虫と蛆虫がはいまわる


人の子よ
ふりむくな
ここはあなたにはまぶしすぎる


あなたの肉を
あなたの闇を
わたしは食べる
よもつしこめになるために


自由詩 よもつしこめになるために Copyright 佐々宝砂 2007-01-20 11:34:29
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