野良犬は果実の名など知ることもなく
たりぽん(大理 奔)

水平線が夕日を融かすというので
その仕組みを知りたいと
渡し船を探しに海岸づたいを
西に向かう、それが私たち
綺麗なものばかりを
追いかけてはいけないと
釣り人が忠告したが、僕たちは
綺麗なものしか教わらなかった

   葡萄の中身をあなたはしきりに確かめていた
   季節の一里塚を過ぎるたびに一粒、一粒
   野良犬が遠くで臭いを嗅いでいる
   ぷつり、ぷつりと
   葡萄の中身をあなたはしきりに確かめていた

溶けてしまったものが美しいかどうか
その対象なのかさえ教わりはしなかった
けれど、鈍色に溶ける橙を
血の色のようだとは決して言わなかった
あなたが確かめた果実の中身は透明で
それはいくつかの小さな仕組みを隠し
釣り人は果実を針の先に突き刺し
波の、その奥の、命をつり上げようとする

   水平線はしょっぱかったとあなたはいう
   葡萄の滴は、そうではありませんでしたと
   溶けていくものも、ちがいました
   でも、野良犬は果実の名など知ることもなく

渡し船は、馬を放牧する岬の断崖で
誰も待っては居なかった
だから船頭も居なかったし、櫂も帆もなく
せいぜい、船のかたちをしているのが
精一杯なだけの名前だった
綺麗なものばかりを
追いかけるのであれば
その船には乗れないと
釣り人が忠告したが、僕たちは

綺麗なものになりたいのだと
かたちに名前を付けて船を漕ぎ出した
どちらも、こちらも水平線で

   夜になって輝く美しいものの、美しさだけを教わったために

さまよい続ける
名前だけのものでありたい
ぬくもりだけを確かめ合えたら

ぷつり、ぷつりと
様々にうち寄せて
そんなふうに砂浜で
野良犬に食われて






自由詩 野良犬は果実の名など知ることもなく Copyright たりぽん(大理 奔) 2007-01-15 00:00:36
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