二つの灯台  デッサン
前田ふむふむ

  1 眠り

朝の眩暈のなかで、
一日の仕事を終えて、疲れ切ってから――、
職場に出かけても、
そこで、わたしにできることは、
只、泥のように眠ることだろう。
(そこには、青い灯台が、真昼に、てんめつしている。)
夕暮れの瞬きのおく、
手狭な風呂に入り、
家族と夕餉を親しみ、
居間でひとり静かに音楽を聴いてから――、
夜に家に帰ってきても、
そこで、わたしにできることは
只、泥のように眠ることだろう。
(そこには、炎の灯台が、雨に濡れていて、
灯火も焚けないでいる。)

眠りのなかで、
ツンドラの蒼茫とした荒土に眼を遣ると、
遥かエニセイ川の河口に沈んでいる、
澄んだ黒色の世界のあしもとで、
幻魚になって、自由に、遊戯している、
あるいは、灼熱のリビア砂漠を彷徨しながらも
偶然、いのちのオアシスを見つめる、
老練な駱駝は、弓のような砂漠の舟になり、
渇望した喉をうるおす、
そんな、夢の微かな記憶の雫が、
白骨となった地上の灯台を、
魂の閉塞から連れ出してくれるだろうか。

透き間なく、生ける死者の洪水に犯された、
機械の音を引き摺っている、日常の連鎖。
抒情詩の彼方は、
灰色の風景。

わたしは、どのくらい
眠っているのだろう。

眠りのなかで、深い眠りのなかで、
わたしのこころは、
儚い夢を、都会の水底にひろげる。
灯台は、広野を走る詩集の断片を紐解き、
ときの葬送を歌う。

遥か、いにしえに、
ジョン万次郎がアメリカの地を踏んだ時、
彼は全く眠らなかっただろう。
新大陸の未知の風景の、あらかたを見るまでは。
        
  2  孤独な灯台

汽船が、水平線の喉から、
いつまでも、西方の螺旋階段を下降する。
天空の燃える炭団を扇いで。
孤独な灯台は、白いなみ飛沫を、
ふところに抱いた、
寡黙な白い胸を広げて、薄化粧のひかりに、
溶けこむように、佇み、汽船を見送る。

機械仕掛けの灯台守は、決められた能事を、
空気を吸うようにこなして、
海のあらいゆれに、守り手の覚悟を、
滲みこませる。
あしもとは、岩が鋭く、
時代の芯を、声をあげて固める。
牧歌的な海鳥は、家族が集う岩場を、
わたしが、ひくい眼差しで汚すと、
湧き出すように、海を蹴る。
空が、白くはばたいて、舞踏の絵筆に、骨をゆだねる。
すばやく海鳥の描く曲線に、
塗られて、たてる垂直を奪われながら、
混濁のなかに沈む、灯台は、
わたしの掌のなかで、煌々と燃えだしてゆく。

試されることが、灯台守をいらつかせるのだ。
機械は、狂って、白昼を照らす。
あたらしい情景は、
こうして、起き上がることはない。

機械のほころびを整備してから、
海の寝台に、眠りながら、はためく古い旗に、
身を寄せて、
灯台は、塗り替えつづけた壁の、
濃いあらましを、
ふたたび、通る貨物船の汽笛に、
遮られるまで、つづけていく。

夜を照らす閃光の準備は、すでに済んでいるのだ。

暗い夜の比喩が、
たびたび、零れるように流れては、
熱をおびてざわめく、半島の岬に、
つぎつぎと突き刺さるが、

いくら待っても、夜の訪れることはない。

灯台は、いつまでも、臆病な空に浮び、
繰り返し、沈んでいく。
       永遠に太陽が沈まない空で、
         新しい視界をまっている。
        






自由詩 二つの灯台  デッサン Copyright 前田ふむふむ 2007-01-11 22:28:50
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