2015 03/03 15:05[563]
ふるる
西條八十
「世には他人の詩篇を目して簡単にその思想的貧困を指摘する者があるが、思想が思想として容易に認められるがごとき詩はまことの詩ではない」西條八十詩集『一握の玻璃』おぼえがきより。
西條八十は思想なき技巧だけの詩人と言われたこともあったそうです。
詩「一握の玻璃」では
「水晶の牢屋のなかに、鶯を
紅き紐もて、つなぐ夜、
かなしみの雨、しぶきつつ
一握の玻璃うすぐもる」
(水晶の中に鶯を閉じ込めたら、鶯の涙でくもってしまった)
というのは、すっごい綺麗すぎて大変。みたいなところはある。幻の綺麗なケーキを幻の美女が食べているみたいな。
この詩の最後で西條八十は「技術の囚にこもるとも、われ汝を信ず、鶯よ、生死を越えて、たかく鳴け。」と書いているので、自分の才能に自信があって、誇りを持っていたんだろうけど、詩の中で技巧でもって反論するなんて、大人なのか、子供なのか。