2007 10/20 22:59[155]
ふるる
殺す、ということについて・・・。
例えば不妊治療では、いくつかの受精卵を子宮に戻すという方法があり、まれに7つ子などができることがあります。母体にも他の子にもよくないからと、その子たちを早い段階で間引くのは医師の役目。胎児を殺す=母親無事出産(結果的に幸せ)というこの図式。私はそういうの不自然だし、お医者さんの気持ちを思うと嫌だと思うけど、医師と母親の中では何かを秤にかけた結果、間引くという結論に達したのでしょう。
誰かが何かを殺す、殺さないというのはいつでも秤にかけられて、どっちに傾くかはその時次第のものなのだと思います。その選択は間違いか否か?いいや、ただどちらかが重かったというだけ。例えば、かわいい顔のブタを殺せないからと言って、「お前いっつも食べてるくせに殺せないのはいかん」というのはおかしい。その人の中の秤には、空腹だから殺そうかどうしようか、という秤はなく、その動物がかわいいか殺せるほどかわいくないか、という秤しかないから。願わくば、不妊治療の多胎のような、産むために殺す、ということを秤にかけなくてはならないような社会を作りたくないけど。(つまり、無理して(?)産まなくても何とも思われない社会)
願わくば、誰の心にも、「なるべく殺さない」の方が重たい秤があって欲しいけど。