作者より:
アラガイs様。お世話になります。
福祉畑におりますか? 福祉におけるボランティアというのは一見功利主義でないように言われていますが、実際は製薬会社と利権関係でズブズブの世界です。
働いてその対価をもらう。その循環に私個人としては全く不満がないんです。
つまり資本主義の扉を早く空けたい自由になりたいと思っても国医療両親福祉関係者の厳重管理が足枷になって、自由になれないのです。裁判を通して闘いたいと思っても、今現在においては、無料の弁護士しか雇えず、その無料で雇える弁護士というのは、多かれ少なかれ、国依存の弁護士が大抵です。ブラックジャックの例を挙げるまでもなく、無料ほど高いものはない。安かろう悪かろうが現実です。それでも忍耐が身を結びA型作業所にステップアップにはなりました。多くの一般企業で働いた方が仰りますが、A型作業所は一般よりきついです。単純労働単調労働。そしてなにより福祉関係者の元、厳重管理による仕事が課されます。挨拶もそうですが、一般の企業に勤めると、しない人はザラにいる。良い悪いはともかく、道徳的な縛りが福祉はキツく、一般人が障害者に対し、引いた目線になってしまうのがよくわかります。福祉がいいと言って入りたくてこの世界にいる利用者が大半です。そうすると仲間意識は生まれず疎外感に埋もれてしまうことになりますか。私は本来なら、美女美青年が集まる世界で可愛がられたり、チヤホヤされるのが似合う容姿と洗練を持っていたと思います。兄の病気に付き合わされたとか、家族が左翼思考だったとかありますが、今は割とそんな境遇を、ボヤきながら、受け入れて生きていますよ。
---2024/08/18 21:44追記---
ひだかたけし様
辛い思いをして傷つき、他人が憎くて仕方ない時のことを思い書いた詩です。
共感してくれる人もいると思います。ただ、共感だけに終わって、希望を提唱しなくて良いのかと迷いはありましたが、そのままにして提出しました。なんとなく、希望を提出しなければいけないという『あるべき』を拒否したものがあって良いのではないかと思ったからです。みんな生きてますし、私も生きております。世界は周り、循環している。その循環が止まり終われば良いという妄想を抱くのは、子供の身勝手なもののようで、それがある状態における自分の心境なんでしょうね。