こらっ! 辺見庸!/一輪車
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 花形新次 
- 孤蓬 
>とくにあの時代、身売りした女性は、たくましく、強く、おおらかで、滑稽で、悲しく、また太陽のように明るい存在でもあったのだ。

小野田寛郎の手記などにも、そのような姿が描写されていますな。
http://www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html
- 石村 
もう六十年以上前ですが、福田恒存氏が辺見輩の如き「偽善の自覚なき偽善者」の存在を指摘しています。「病膏肓に入っており、つまり気が狂っており、救いようがない」とも。
こうした人格崩壊は、先の大戦の敗戦後、上も下も亡国の責任を放棄し、万民こぞって「不在証明」に躍起となった挙句、自己を喪失したことから来るのでしょう。
辺見輩にかぎらず、この病は広く浸透しています。文学の世界はこの種の人間モドキに占拠されています。
いずれ、進化したAIの方が人間より遥かに人間味がある、そのような時代が来るでしょう。
人間モドキに詩が読めるはずも書けるはずもなく、詩でない「詩」、詩人でない「詩人」しかいない時代となるでしょう。
まあ、すでにそうなっている気もしますがね。

 
作者より:
花形新次さ、お読みくださりありがとうございます。 
孤蓬さん、コメントもいただき、感謝。

戦前の慰安婦?と称される海外娼館に生きた女性たちは、映画『女衒』のもとになる村岡伊平治の手記によれば、彼女らは大根の根のように太く、たくましかったようで、女衒の村岡伊平治は尻に敷かれていたとか。女性ってのはやっぱりものすごい生命力をもつ存在であって、一面的に薄暗いイメージに閉じ込める世間知らずインテリたちの口ぶりがものすごく腹立たしく卑しくおもいます。
https://photos.google.com/photo/AF1QipN3fntdAbys9yjAxbxa2jMMshs8b_zpwtA_iSHU?hl=ja
日本の意識高い系世間知らずお坊ちゃんインテリたちの差別的なイメージは、精一杯生きた慰安婦たちの人生を卑しめるものであるとすらわたしは思っています。
それは同時に、慰安婦たちの実年齢と年が合わない現在のエセ慰安婦のババアどもも、ほんとうの慰安婦たちを侮蔑する行為であって、決して許せません。




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