ボトルシップ(short ver.2)/本田憲嵩
たこすけさんのコメント
---2017/02/15 20:36追記---

No.1とくらべて
No.2の方が詩の形式、礼というものでしょうか。
それがよく整っている。もはや整いすぎたのかもしれぬ。
泥水のようなコーヒーをのみおわったあとに
泥が残っていたのは当たり前だろう。
それはあまりに言い難い感情表現だ。
喜びと同じように、停滞ということにも感情があることをよく写している。
内在する、たちこめる陰の気とも言えるかもしれない。


さて、私をだすとしよう友達だからいう。
今、これ以上ものことは、この詩より生み出すことは出来ないだろう。君のなかの泥を満足させるものがないという意味だ。
街灯は断線している。繋ぐものが必要だ。

今、君には事件が必要なのかもしれぬ。
それは、仁を取り戻してから礼にかえることに繋がるかもしれない。一緒にそこまで旅をしよう。
途切れることのないものを、探すのではない。
作りにいくのだ。己のなかに。
といっても大したことはない。
喧嘩をうりにいくの訳ではないのだから。
ただの、ただの詩人の散歩である。


眼の前に一歩を踏み出す工夫に精神を集中している人が、馬鹿と言われ、卑怯と言われながら終いには勝つであろう。

小林秀雄

偉そうなことを言ってるが簡単な意味にとらえたまえ、
停滞した身体には、運動が必要だ。ビューレビュー?
はっはっは!!あんなものは君の運動にはふさわしくない。
だが、しなやかな身体にするための体操は必要だ。
最近、動いてないだろう。
君と一緒にお祭りを見にいきたい。準備運動にはちょうどいいそれだけさ。