風潮と予定調和(ニュースを見ていて思うことなど)/塩水和音
渦巻二三五さんのコメント
ここで言われている「風潮」とは、「道徳」のことではないか、と思いました。

報道において、事故や事件の被害者が人格優れて慕われる人物であったようにことさら強調されることについては、私もかねがね気になっていたことですが、私の場合、(塩水さんのご意見とは違い)報道する者の意図について考えてしまうからです。
被害者がいかに善い人であったかが強調されればされるほど、加害者に対する憎悪の感情が増す。
そのような「大衆感情の操作」とでもいうべきものがあるのだと考えます。
>テレビの事故被害者遺族インタビューに、たとえば「認知症の父親が死んでしまい、少し悲しいけれども、どちらかと言えばホッとした」というふうな「複雑な心境」をした人間が存在しない
のではなく、存在しても報道されないのだと私は考えています。
もっとも、このような心境は、だれかれかまわずあからさまに言えることでもありませんから、「報道」という形では出てこないのも自然ではないかと思いますが。
それよりも、もし自分がこの被害者であったら、良きに付け悪しきに付け、このように自分の人格や人付き合いについて云々されるのはなはだ面白くないことだなぁ、という思いが浮かんでしまうのですが(笑

他にも読んでいて異論をはさみたいところがありますし、ぜんたい、無理を押してごいごり書かれた文章に思うのですが、
それでも、塩水さんが抱いている、そして幾分持て余しているらしい「わだかまり」の、なんというか「感触」みたいなものは伝わってきました。