台本のない情景に/森田拓也
孤蓬さんのコメント
>歓声も耳にゴールす運動会
>空奏ぐ音符の如し渡り鳥
二句とも、中七の末尾が活用語の終止形となっていますが、句の意味としては、中七で切れている訳ではなく、中七の活用語は下五の体言に連なっていると解釈されます。

つまり、中七に強引に切れを持ってこようとする作者のあざとい作為が目に付くばかりの不自然な句となっており、そもそも日本語として、というより、それ以前の言語表現として変です。
観念に囚われて、わざとらしく、かつ、不格好な修辞に耽るより、ここは、素直に連体形を用いるべきでしょう。

なお、「奏(かな)ぐ」とありますが、このような日本語は管見乍ら見たことがありません。
こんな言葉は、存在しないでしょう。
「奏(かな)づ」という日本語はありますが。

---2019/10/22 08:58追記---
森田さん、「奏(かな)ぐ」とは、何ですか?

---2019/10/22 19:58追記---
>奏でる、って口語にあるじゃないですか?
「奏でる」の文語(古語)は、他動詞ダ行下二段活用の「奏づ」です。
「奏(かな)ぐ」では、決してありません。

>四段で、奏が/奏ぎ/奏ぐ/奏ぐ/奏げ/奏げ、で使えるかなと思ったのですが・・・。
このような四段動詞は、日本語に存在しません。
今現在では、どのようにお考えですか?
「奏(かな)ぐ」なる表現が出鱈目だと、ご理解になりましたか?

---2019/10/23 05:34追記---
>「楽園への命歌」の中に、奏ぐ泡沫の音
そのようなものは、単なる誤用の例でしかありません。
誤用の顰に倣うとは、「芋ころがし」という昔話を思い出しました。