ラッキーなのは/間村長
孤蓬さんのコメント
>私は稗田阿礼(ひえだのあれ)の編纂した
>古事記を朗読しながら
『古事記』を編纂したのは、稗田阿礼ではなく太安萬侶です。
稗田阿礼が誦習していた『帝紀』『舊辭』を、太安萬侶が筆録、選進したものが『古事記』です。

---2018/06/27 18:30追記---
>古事記の編纂者は稗田阿礼、太安万侶と記述して居るところもあるようですよ。
どこのサイトですか? URL等をお示しいただけませんか?
なお、ウェブサイトは誰でも作成できますので、そういうサイトがあったからといって、鵜呑みには出来ません。
そもそもの大前提として、そのサイトの執筆者は、誰ですか? 専門家なのですか?

---2018/07/11 19:49追記---
>確かにWikiで調べても、ここはフリー編集と言っても厳格ですから
Wikipediaは便利ではありますが、学術論文などの参考文献となり得るような信頼性はありません。

>で、唐突ですが「http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/artifact/0000000088」ですね。
このURLは奈良県の観光サイトですね。
当然、学術論文などの参考文献となり得るような信頼性はありません。
というより、観光サイトなどには、歴史的事実にはほとんど重きが置かれておらず、都市伝説的な記述も多々あり、参考にすべきものではありません。

>「「古事記」編纂者の一人。」と記述されて居ました。
そもそも、この記述自体、稗田阿礼が古事記を編纂したというニュアンスではありません。
要するに、古事記の編纂事業の一角に稗田阿礼がいたというニュアンスの記述です。
その意味では、この記述は誤っていません。
稗田阿礼の誦習していた所を、太安萬侶が筆録、選進したということは、稗田阿礼が古事記編纂事業の一角にいたことは間違いないからです。

しかし、貴作のように、
>私は稗田阿礼(ひえだのあれ)の編纂した
>古事記を朗読しながら
と言ってしまっては、稗田阿礼が中心となって古事記編纂事業が行われたというニュアンスになってしまい、事実とは異なってしまいます。

>あなた(狐蓬さん)の言う通り
私は「孤蓬」であり、「狐蓬」ではありません。
これまで、貴台は正しく「孤蓬」と記述されていましたが、なぜ今になってわざわざ「孤」にかえて「狐」の字を用いられるのか理解できません。
通常、このような行為は、嫌がらせに類するものですが、どういうことでしょうか?