はじまりが歌えているかどうかが/ホロウ・シカエルボク
洗貝新さんのコメント

スーパーのレジに並んでいる。黒いスカーフをあたまからすっぽり被った少女をこの頃よく見かけるようになった。一昨日もそうだった。少し朝黒い顔。アラブ人ではない。東南アジアの、イスラム教といえばたぶんインドネシアからの留学生だろう。ジロジロ眺める俺を意識してか、大きな瞳をコロコロと動かしている。小さくて可愛らしい大学生くらいの女の子だった。廻りに並んでいる俺やおばさんたちの、食料品であふれんばかりの買い物カゴを尻目に、彼女の買った物は手料理を作るためのわずかな材料だけだった。 健気なその姿に俺は思った。この買ったチョコレートを一箱、レジ袋に入れている彼女のその中に~どうぞ~と言って投げ入れたらどんな顔をするだろうか。当然驚くだろうが、どんな驚きだろうか。びっくりすると同時にお礼の顔も返ってくるのか。それとも、黒マスクに薄いサングラスを付けた長髪に顎ヒゲが見えるこのオヤジのことを、いよいよ不審者扱いの眼で眺めることだろうか。まさか、同じイスラム教徒に思われたりはしないだろうか。あああ、ああ、なんて俺はこんなにやさしい気持ちになれるのだろう。この歳で下心などあるはずもない。ただ、ただ、異国で頑張っているのだろうその健気な姿に共感している。苦しい生活に耐えているはずなのだ。と勝手に思い込んでいるだけなのだ。
そんなことをレジ打ちの前で考えているうちに彼女はさっさと行ってしまった。
俺は余裕ある生活者でもない。しかし幼い子供たちや貧しそうな異国民を見れば何か施しをしたくなってくる。じゃあ寄付でもしろよ。それを扱う場は幾らでもある。あるのだが、募金や寄付の類いは嫌なのだ。どうしても不信感があたまを過るのだ。直接手渡すのがいい。いいのだ。果たして俺にプライドがあるのだろうか。プライド。プライド?プライドなんて有りはしない。貧しい一小市民の年寄りの俺。もちろん見栄はある。しかし尊大なプライドなんていつ無くしてもいいのだ。いいのだ。


---2025/04/06 14:43追記---