エシャレットとラッキョウ漬け/鵜飼千代子鵜飼千代子さんのコメント
ポイントありがとうございます。
トーンが低いので「茶花(茶席にいける花)のようかしら」と思っていたので、嬉しかったです。
---2009/12/27 19:31追記---
>森川 茂さん
> 日本ではエシャレットもラッキョウも同じなのですね。ひとつかしこくなりました。
西洋料理で使われるエシャロットをご存知なんですね。
わたしは、居酒屋で人が頼んだ、味噌をつけてガリガリの日本のエシャレットしか知らなかったのですが、
そちらを想像していただけないと最後に繋がらないので加筆したんです。本物のエシャロットを知っている方がいて嬉しいです。
エシャレット(エシャロット)についての参考アドレスは、下記の通りです。
>エシャレット 筑地の大手青果卸、東京中央青果常務の「川井彦二」さんが命名。
>昭和29〜30年浜松で開かれた温室組合の席で出たのが新製品の「根ラッキョウ」。
>根ラッキョウでは売れるのも限度があるといいうことで、「ラッキョウはフランス語でエシャロット。
>これでいこう」と決まった。
>「実は・・・」と川井さんは苦笑する「命名当時、エシャロットと呼ばれるものがあることは
>知っていましたが、全く一般的ではなかった。それが形がタマネギにそっくりなものだから
>『何だ、オニオンの間違いじゃないの』と、無視しちゃった。ラッキョウに当たる英語の
>スキャリオンを使えば難しいことにならなかったのに」
>東京青果物情報センターの青果物流通年報では両方とも「エシャロット」でなく、
>「エシャレット」の項目でくくられている。(治る.com エシャロットの項より引用)
http://www.naoru.com/Shallot.htm
私と家庭菜園(らっきょう / エシャレット)
http://www2.tokai.or.jp/waka3/engei/hana/htm/rakkyo.htm
他にも、「センスよく紫の紐で葉を束ね」など説明があるページを見たことがあるのですが、
まるでお侍さんのチョンマゲで、実に日本らしいように思うのですが。冷やしトマトのように、
根を切って出すだけという手軽なところが、売り上げに繋がったのでしょうか。
エシャレットの秘密について、紹介する機会をいただきありがとうございます。
>……とある蛙
> こういう世界は好きです。もちろんエシャレット栽培しません。
ホームセンターに苗を買いにいったときに、時期が悪くてネギ科の植物しか無かったんです。
それで、「あっ!居酒屋で食べたことがある!」と思ってエシャレットの苗も買ったのですが、
育て方はわからないし、こうなったらラッキョウ漬けにしようと収穫を先延ばしにしたのはいいものの
皮を剥いたり葉を切ったりの下処理が大変で、「エシャレットの逆襲だ〜!」と後悔したものです。
似たようなことを、トマトや、ピーマン(トウガラシやパプリカ)でもしたのですが、
普通に作ったら、成功か失敗だけのところ、色々な様子と出会えて、楽しんでいます。
葉や、花を見ただけでピタリと当てる、玄人ってかっこいいなって思っています。
---2010/05/27 08:01追記---
るるりらさん
>ラッキョウ漬けのシーズンが また きています。
実は、この時に漬けたラッキョウ漬けまだ残っているんです。どれだけ大量に作ったか、、、
はじめてだったのですが、今でも芯がやわらかくならず美味しく出来ましたよ。^^
コメントとポイントをいただきありがとうございます。
---2010/10/22 18:02追記---
生田 稔さん
> 一読しただけですが面白い詩ですね、深いユウモアーがありそう。
ありがとうございます。
この詩は千葉県詩集に出した詩なのですが、こういうことを書くと「自慢」と取られがちなのですが、
わたしは「カモ?」と思ったひとつの後日談があったので、書かせていただきます。
「アート○×〜」という、出版社の名前もはっきり覚えていないのですが、アートの関係の書籍を出している
会社から、この詩は素晴らしいので、今企画している詩と画集(写真だったか?)で出版したいというお話
がありました。学習院の教授が評を書いてくださるとのこと。この詩をどちらでご覧になりましたか?広く出
している詩ではないのですが。と返答しましたところ、「千葉県詩集で読みました」と、そこはどんぴしゃり
でした。まだ、ネットに出していませんでしたので。webサイトを新聞広告に出すという広告で2度お世
話になったこともあるのですが、あまり対効果がなかったこともあり、こちらも喜ぶより先にストレートに「い
かほどですか?」と訪ねたのですが、13万とのことでした。カラーの本に、13万で頁を取れれば安いもの
かもしれないとは思ったのですが、もう何点か質問したところ、しどろもどろになり、読んだのは自分では
なく、その方は営業を頼まれているとのことだったのですが、自分の自由になるお金が13万無いので
ごめんなさいとお返事しました。どなたか、このお話に乗った方はいらっしゃるのでしょうか。既に出版され
ているはずなのですが、わたしのところに評判は聞こえて来ないのですが、世間知らずなところも大きい
ので乗っておけば良かったのかどうかはわからないのですが、詩の世界はこういうお話は多いですね。
本が素晴らしくても売れる訳ではありませんが、そうでなくても、載りたい人はいるわけで、掲載本として
計上することは出来ます。自分で決めるしかないのかなという現在のところの結論ですが、若くて(詩歴
が)選べる人は、サラリーマン的ではあるかもしれないけれど、詩誌に投稿してなめくじの這いずりのよう
なものをつくった方がいいと思います。詩の世界では、光りますから。
時期を逃してしまって、ゴンゾウになってしまうと、選者と同等では採る人もいないし、ジレンマのハリネ
ズミに陥ってしまいます。
わたしは、東京製本倶楽部というところに参加させていただいていて、そちらで教えていただいた情報
なのですが、賞だとか、評価だとか、売れるだとか、そういうことと全く関係なく、自分の作品を纏めたい
だけ、という純粋な気持ちもあって、わたしなど、売れるならそれにこしたことはないと思っているのです
が、売る為の詩を書きたいとは思いません。そうした本は、「添わない」ところがあって、立ってしまうので
なかなか評価し辛いところがあるとおもいます。評価を拒んでいるようにも思える。そうなのかもしれない。
そうすると、、、ですよね。(^_^;A
売れるものでなければ、詩の出版社でない、大手の出版社は手を出しませんから、売る為に書いていな
いのに、売れるものを書く詩人を発掘するのは、大手出版社でも、宝くじを当てるようなものなのかもし
れません。売る為に書いていないのに、売れてしまった人は、売る為の次作をせがまれることに、困惑し
たりもするのでしょう。自分のペースで書けなくなりますから。文学で生きて行こうとするのは、ままなりま
せん。
御注目いただきコメントとポイントをいただきまして、ありがとうございます。
---2014/08/01 01:47追記---
---2014/11/11 05:42追記---