表現者について/馬野ミキ
リーフレインさんのコメント
乗り遅れてしまったけど書いたので蛇足ですが、、

前提条件
 1、みきさんは、あいだみつをと銀色夏生が売れていることを指摘
 2、みきさんは両者が詩人の間では高い評価を得ていないことを指摘
結論
  売れていることと詩人の評価の間には深い溝がある。
提言
  したがって、売れる詩ということを評価し直すべきじゃないか。
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この論点の問題点
 売れる詩=良い詩 という定義は前提にまだおかれていないこと。
 さらに、良い詩とはなにかという問いかけが不十分であること。
 詩が売れる必要があるのか という問いかけもなされていないこと。
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蜂の巣をつついたようになってしまった原因
 詩人の間での評価 というのが実は建前と本音が錯綜している。
 詩人という範疇の定義もあいまい。
 みきさん本人はどうやら暗黙の了解として、みつをや銀色が好きだという前提をおいているらしいが明示されていない。
あたりかな
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問題になっていた売れる詩ということについて
 一番のネックは詩は消費される形態で提供されていない点な気がする。(みきさんは触れてないけど)
 つまり、あいだみつをや、銀色や、JPOPの詩は、手にとどくところにある。
 安価で、手に入りやすい  わかりやすく区別されている。
 しかし現代詩は、はっきりいって高価で、隠蔽されていて、しかもわかりやすいヒットチャートが存在していない。
 制作される文化ではあるが、消費される文化形態になっていないといえるのではないだろうか。

「売れる詩を書け」というよりも「売れるシステムを作れ 」というのが 期待される結論であったと思われます。
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補足
個人的な見解ですが、ついこないだ詩を読み始めたので、一番最初にみつおを読んだときは
感動したのを覚えてます。なんつのかな、「うんうん」ってうなづいてしまった、、、。のだけれど
どれもこれも金太郎飴並に同じのが目につくので飽きた。JPOP(のかなりなパーセント)も同様です。
ですが、こうした詩は、「えばってない」「背伸びしてない」「隠してない」というあたりではとても好感が持てて、
「いわゆる現代詩」よりそばにおいておいても気にならない部分がありますね。
だけど、まあ、「飽きました」。(同様にね、個別に見た現代詩が飽きてないわけでもないんですよ。だから現代詩マンセーではないです。もちろん100回以上の再読に耐える作品はあります。こういうのをもっと読みたいです。)
---2007/06/28 11:35追記---
>みきさん
うん、たしかに ”一般とつながる=世の中に出回ってる=売れてる” という脳内変換をしたのはあたしの独断でした。すいません。
ですが、みきさん自身は「一般とつながる」ということを具体的にどういう状態だと定義しているのでしょうか?
---2007/06/28 11:38追記---