作者からのコメント
長ったらしい拙文を、読んでいただき、ありがとうございます。
Ю(ユー)さん、どうもありがとう。
酸の濃度だけで世界を構成する微生物の話も、ヴィトゲンシュタインに関する木村敏氏あたりの論かなんかで読んだはずだけど、よく思い出せない。なにしろこの10年以上、読む本のほとんどが児童文学だから。(デイヴィット・アーモンドなんて、すごく気に入ってもらえるんじゃないかなあ)
とにかくこのノートへの、最初の訪問者がЮ(ユー)さんだというのも、なんとも嬉しい。ここのところの一連の私の動機は、このサイトに08年11月に提出されたあなたの小論を、今年になってまったく偶然に読んだのがきっかけだったのだから。「色彩天使論」、概要だけでも読んでみたいです。
こめさん、たまさん、ツナさん、夏嶋 真子さん、竹中えんさん、 ありがとうございました。
---2010/01/31 21:08追記---
窓枠さん、ありがとうございます。分かりやすくかけることこそが、表現の最高の奥義だと思い、苦闘は続けているのですが、才能が追いつかないんです。誰かがうまく表現してくれたらそれでいいので、今回はツナさんの「現象学的還元」へのコメントの方が、感覚というものの根本的なインパクトをより衝撃的に表現されている詩になっているように思います。
私が本当に言いたいことは、いつも二つしかありません。その一つが、「生きていること、それ自体が素晴らしい」ということです。
---2010/01/31 21:45追記---
森川 茂さん、ありがとう。
「クオリアの話ですか」と聞かれたら、そう考えていただいてもいいですが、むしろ「アプリオリ」についての話です、と答えるでしょうね。
私の表現に対して、記号論的なアプローチによる誤解他、様々に混乱した捉え方があるようですが、このほとんどが、「クオリア」に関する整理の仕方で霧消していくのは確かだと思います。しかしこの「クオリア」へのアプローチそのものが現在はまだ新しすぎて、揺れ動き定まっていない状態なので、どの解釈・どの立場をとって議論するかで、紛糾していくだけだと思います。古くなった「アプリオリ」の方が、言葉としてはすでに定まっています。
「クオリア」をめぐる議論は極めて面白くはあるのですが、それは結局は、物理的科学的把握・知的認識の限界を認めたくない立場の、つまりこの面のモダニズムの最後のあがきのようなもので、全体としては愚かしい議論に思えます。「アプリオリ」は認識の土台・枠組み自体でもあり、それゆえそのメカニズムは説明し得ても、それ自体は、ただ何にも先立って、「在る」としか言えないものなのです。ただ私が強調したいのは、このような不可知論ではなく、現前し現にその中に生きているこのありふれた私たちの現実そのものが、底抜けの無限の謎、そのものだということです。この世界は、マジックキングダムなのです。(そういえば、ウォルトディズニーは、フリーメーソンだったとか。ただし私自身は現実主義者であり民主主義を信じる面ではれっきとしたモダニストでもありますので、誤解なさいませんように)
---2010/02/02 21:55追記---
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