ポイントのコメント
[呉汁±]
現実にその金がどういう団体の、誰によって、どのような筋道で流れて、どんなふうに使われて実際にそこで役に立っているかがきちんと報告・報道されないと余りに抽象的すぎる。単なる自己満足・自己顕示にしかならない。馬鹿げている。とても真面目な支援だと言えない、とは感じる所。言ってみればNPOとかボランティアとか道楽と紙一重。マザー・テレサの偉い所は、自ら企業して与えたということ。見せびらかしのおしゃれグッズなんかは売ってはいない。安易に過ぎる。茶番だ。
こうした憤りは人情に即しても正しいはずである。一体心が具体的にどこの誰と繋がっているのか知らずに、単純に今私は世界と繋がっているんだ、なんてどうして思えようか。空想的であっても、想像力の向かう先ではない。寄付の証明品をどうしても配りたいのなら、今後そうしたパンフレットなどに代えるべきであろう。
善意でやればなんでも良い事であると思えるような奴ら、偽善者、多くは無自覚であるだけに厄介な連中、マザー・テレサを見るだけで、マザー・テレサの見ている方向を見ようとしない奴らは殆ど社会の害悪でしかない。それが見抜けなくてなにが詩人だ、だ。そもそも詩人はそれ程偉くないしぃ。うーん、問題だ。
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