遺書(2)/虹村 凌
 
俺だけの真理であって、誰かが理解出来る訳でもないだろう。ただ、考えねばなるまい。足掻け、悪掻け。あと五年半。五年半経って、それでも手に入れられない事も考えられるが、もし手に入れて、それを忘れるくらいなら、俺は。
 カーテンの隙間から差し込む光が、丸めた遺書の上を通って、俺の右足を焼いている。眩しいその一条の光は、痛みさえも感じさせず、ただただ、俺の足の一部を真っ白に焼いていた。
 俺は机に歩み寄り、下書き段階の遺書を手に取って眺めていた。今俺が死ねば、これが遺書になってしまう。だから、死ぬ訳にはいかない。出歩かなければ、少なくとも死ぬ確立は随分と低くなるだろう。間抜けた事故死なんてごめんだ。通り魔に殺されるのも、阿呆臭い。早き遺書を書き上げて、外の世界を闊歩できるようにならなくては。そしてその制限時間は、あと五年半しかないのだ。
 何時か、何時かきっと書き上げる。そんな事では、到底書ききれるものじゃないだろう。人間はいつもそうだ。何時か、きっと何時か。後回しにした課題を、間際になって解決出来た例は無い。だから、早く書き上げねばなるまい。
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