アヴェ・マリア/佐野権太
真新しいクレパスの
いっぽん、いっぽんに
なまえを書いてゆく
きみのなまえだ
先端恐怖症の妻は
体育着の胸に
名札を縫いつけてゆく
今日は調子がいいの、と言って
慈しみの雨が屋根を濡らす
静かな作業を繰り返す僕たちと
眠れないきみのための
アヴェ・マリア
*
きみの瞳の水際に寄り添い
ごうごうと流れる星をきく
回転する世界に留まろうとして
走れば走るほど
海からは離れてしまう
そんなときは
手足を縮めて
ふくよかな内湯の温もりに、おかえり
やわらかい髪は
月の光にこぼれる細い砂
雫の音色にしみこむ透明なリフレイン、おやすみ
だいじょうぶ、ここにいる
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