そう言ったところで/若原光彦
たところで
あなたは
そのコーヒーが最後の一杯とも知らずに
あなたは
その一杯を飲み込んでいく
今誰かが涙をこらえている
そう言ったところで
*
違うんだ
百万本の造花なんてないんだ
ましてや薔薇なんかじゃないんだ
アイウエオでできた花なんだ
狼は文字を食べてたんだ
少年は数字を減らしに行ったんだ
女性の中はからっぽだっただけ
老人の耳には風が吹いてただけ
どんな音も匂いもしなかったんだ
ごめんね
みんな言葉だったんだ
そう言ったところで
*
あなたはコーヒーを飲み終わる
あなたは私に どうしたの と言う
こないだのあの人 誰だったっけ
名前じゃなくてさ 誰だったっけ
そう言ったところで
玄関のベルが鳴る
どうしたの
おじいさんから花束が届いたよ
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