睫毛蝶々/蒸発王
それでも
女の人が
涙ごとに流す睫毛(まつげ)は
蝶々になるのですよ
『睫毛蝶々』
祖母の形見の化粧箱は
真っ赤な朱友禅に金糸の菊
中には小さい鏡もはめこんで
いつか祖母が着た
花嫁衣装の布をそのまま使ってあった
古くは彦根藩井伊家の直系の祖母は
(世が世ならばお姫様なのだから)
(みすみす)
(涙を見せてはいけません)
(どうしてもと言う時は)
(この鏡の前だけで)
(涙を流すのですよ)
という言いつけがあった
たくさん泣いたのかしら
と問えば
祖母は笑って頷き
それでも
女の人が
涙ごとに流す睫毛は
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