ひとかけらのお話たち/夕凪ここあ
 
しん
と張りつめた空気の隙間から小さく 雪ふるる


 氷点下の朝
 白樺の並木道
 枝の間から差し込むあたたかさ
 昨日の凍てつきなんて
 思い出すことなく
 鳥たちのさえずり


 改札を抜けると
 時計台
 背中合わせに時を刻む
 ブーツの紐を直したり
 混ざり気のない雪踏みしめたり
 さっき買った
 紅茶はもう冷めた
 行くあてなんてないままに


 かばんに
 思い出なんて
 詰めた覚えはないのに
 あんまりの寒さに
 溢れ出してしまう
 悲しいくらいやさしい匂いで
 思い出のおかげで
 あたたかい
 少し軽くなったかばん
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