Espagne/Utakata
 

地平線さえ見えないほどに
一面に広がる小麦畑の
只中に突き立った一本の潅木の下には人が揺れているのだそうだ

金色の穂が乱反射する
歪な真夏の陽光の中で
限りなく乾きながらしかし決して蒸発せずに揺れているのだそうだ

白亜の壁が立ち並ぶ街の
異教徒の歌の余韻に混じり
決して見つけられることのない場所で風景ごと溶けているのだそうだ

絵描きは言った
絵描きは言った
地下道に座り込む絵描きは静かにそう語った

蜜蜂は硝子の巣箱の中で羽を寄せ合い
柔らかな茸は靴底で無残な呻き声を上げる
溶けた秒針と裂かれた瞼に
名も知れぬ小さな黄色い花が咲いた

柔らかな炭で走り描かれた風景画は
今でも褪せずに残っている
灰色に擦れた小麦畑の遠くには
木が一本小さく描きこまれていた

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